フィンセント・ファン・ゴッホの真実とは
原田マハ 「たゆたえども沈まず」 幻冬舎
フィンセント・ファン・ゴッホはオランダ人で1853年、日本でいえば江戸時代末期に生まれ、1890年にその37年の悲しい不遇な生涯を終えています。彼はてんかんだったとか統合失調症だったとか諸説がありますが、自分の耳の一部を切り取ったり、服毒自殺を図ったりした末に、最後は自らの胸部を拳銃で撃っての自殺でした。
彼の時代は、モネ、マネ、ルノアールらを代表とする印象派が台頭した時期でした。フィンセント自身はこれに影響を受けながらも、一線を画しておりゴーギャンやセザンヌと並ぶポスト印象派といわれています。
フィンセントはわずか10年間の活動期間で、油絵、水彩画や素描、また数多く残っている手紙に書きこまれたスケッチを含めて2100枚余りの作品を遺しています。ですが、彼が存命中に売れたのは「赤い葡萄畑」と題する油絵でたった1枚だけだったといわれています。それも買主は親族で資金援助の趣旨で400フラン(現在のレートだと約44000円)でした。現在はご存知の通り油絵だと1枚100億円以上であったりと天文学的な額での取引がなされています。
まず、作者の略歴につきましてはね私の一冊82をご参照ください。最近では2017年にイギリス人陶芸家はバーナード・リーチを扱った「リーチ先生」で新田次郎文学賞を受賞されています。
さて作品紹介です。本作品はフィンセント・ファン・ゴッホの不遇な最後の4年間を史実に基づき、フィクションを織り交ぜて描いたものです。
今から約130年前、第3共和制下で空前の好景気に沸くフランスはパリ、林忠正という日本人がいました。彼は実在の人物で明治初期に開かれたパリ万博に日本からやってきて、日本美術(江戸時代の浮世絵)、これを世界に売り込んだ人物なのです。まさにジャポニズム旋風です。当時、この影響を多大に受けたのがほかならぬフィンセントだったのです。
タイトルの「たゆたえども沈まず」ですが、実はこの言葉、セーヌ川が流れるパリの標語でして、16世紀以降パリには紋章があって、その紋章の中にラテン語でこの言葉が記載されているのです。その意味するところは、セーヌ川でどんなに自然氾濫がおこっても、戦乱、革命、ナチスによる占領、どんな荒波にもまれ、揺れてもパリの町は決して沈みはしないということなのです。作者はこの標語を当時のパリに生きた林とフィンセントの生涯に重ねているのです。
物語は、パリで好奇の目で見られる東洋人林とそのパートナーである加納重吉の奮闘から始まります。当時の浮世絵は日本では版画によって庶民層にまで普及していましたが、明治初期の日本では茶碗を包む新聞紙のような扱いで全く価値を認められていませんでした。その価値を西洋社会に認めさせたのが林だったのです。何と日本では紙屑のような版画1枚を林は1000フランで商いしていたのです。当時の給金が月50から100フラン程度、1000フランといえば当時のパリの一流画家の油絵1枚が買えました。
一方、フィンセントは職を転々とした後、本格的な制作活動に身を投じ、描いた作品全てをパリで画商をしていた弟テオに委ねる代わりに、テオの仕送りを頼りに生活していました。もちろん当時のフィンセントの作品に商品価値はありませんでした。フィンセントはもともと画廊に勤めていたのですが仕事に失望し、失恋し、聖職者に転じた後、画家としてままならない人生と格闘しながら自分の芸術を追い求めていたのでした。あるとき、浮世絵の存在を知ったフィンセントは大きなショックを受けます。そして浮世絵の花魁の絵を模写するほどに大きな影響を受けます(現在も花魁図が遺されています)。そして突然、パリのテオのもとを訪れそのままテオのもとに居候するようになります。林はパリで旧知のテオを通じて画家フィンセントに出会い、興味を抱きその可能性を見出します。フィンセントはその生活の全てを弟テオに依存していましたが、時には制作活動に身が入らずに仕送りを全てを酒と女につぎ込み、画材代すら事欠くようになります。そんなフィンセントに業を煮やしテオは次第に重荷に感じるようになります。・・・という感じで物語は進んでいきますが、いかがでしょうか。
作中、彼の名のある作品がどのようにして生まれたのかについても触れられています。
巻末に作者の原田さんが本作品を書くにあたって50以上もの参考文献が挙げられています。それだけに本作品の史実に忠実な部分は信頼に値します。 ゴッホについては、多く映画化されており、現在も毎年のように映像化されていますが、ゴッホファンの方には必読の一冊です。
本日ご紹介したのは史実に基づアート小説、原田マハさんの「たゆたえども沈まず」でした。幻冬舎から2017年10月25日に発刊、単行本で408頁、1728円です。ゴッホの真実について大いに楽しんでください(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。