ズバリ!! 明治維新の立役者西郷吉之助です。
林真理子 「西郷(せご)どん」 角川書店
今回ご紹介するのは、今年の大河ドラマの原作です。ご存知の通り、林真理子さんはマスコミに対しての露出度が高くてとても著名な方で、現在も直木賞の選考委員もしています。彼女は、選考委員として過去にあの横山秀夫さんのミステリー作品である「半落ち」が直木賞にノミネートされた際にクレームをつけて落としたという事件がありました。選考委員の北方謙三さんとともに「半落ち」のストーリーのカギとなる事実についてあり得ないことが前提となっているとして、ミステリー作品として欠陥があると指摘したものでしたが、後にこの指摘が誤りだったことが判明しました。判明後、作者の横山さんはこのことを批判しましたが直木賞選考側からは黙殺され、横山さんはこれが原因で直木賞に決別宣言してしまいました。
そんな林さんは、1954年4月1日生まれの現在63歳、山梨県の書店の娘さんとして育ちました。そんな縁もあって、幼少時から大量の読書をされたとか。日大芸術学部文藝学科を経てコピーライターになります。その傍らに書いたエッセイ集「ルンルンを買っておうちに帰ろう」がベストセラーとなり作家デビューです。86年には「最終便に間に合えば」「京都より」で直木賞を受賞。さらに「みんなの秘密」で吉川英治文学賞、「白蓮れんれん」で柴田錬三郎賞も受賞されているくらいですから、売れっ子に超が付く作家であることは間違いありません。彼女の作品はコピーライター出身にふさわしくエッセイ集が多く、長編小説は少ないようです。ですから今回ご紹介する「西郷どん」全512頁は彼女にとっては長編に属する作品です。
もちろん本作品は歴史的人物としてあまりにも有名な西郷隆盛の一生を描いたものです。ところで西郷の肖像写真は実在していないと言われていますが、なぜ残っていないかご存知ですか。彼は,写真を撮ると魂を吸い取られるとかいう不吉な噂を本当に信じており、ただの一枚の写真も撮らせなかったということです。ですから私たちが目にする肖像画などは、西郷の兄弟や従弟の顔を参考にして描かれたそうで、現実には似ていないと言われる所以です。
徳川幕府を倒して明治維新に導いたのは、薩摩藩と長州藩によるところが大きいのですが、当時西郷は薩摩のドンですね。歴史的事実として西郷は討幕後明治維新政府に入りながらもいわゆる征韓論に敗れて下野して、不平士族とともに西南戦争を起こして敗れ最期を遂げた、ということはご存知だと思います。
幕末において薩摩は江戸から西南端にありながら、その勢力は絶大でしたが、どうしてなのでしょうか。まずは薩摩藩における武士人口の多さです。当時日本の人口は3千数百万人でしたが、武士階級の人は180万人くらいいたといわれています。このうち薩摩には20万人もの武士がいたのです。薩摩は関ヶ原で西軍について敗れましたが、島津氏代々の家訓としてそれ以降もずっと臨戦態勢にあったため武士が多く、全国の武士の9分の1を占めていたのです。そうして文武両道のもと鍛錬を重ねていたのでした。次に財力です。当時有力商人から500万両もの負債を抱えていた薩摩藩はこれを数百年間の年賦払いすると一方的に決めつけて、事実上、借金の棒引きをさせるとともに、折からの琉球との密貿易によって莫大な財を築いたのでした。これに加え数百万両にも及ぶ莫大な贋の天保通宝を鋳造しています。ちなみに琉球は1600年代から中国の清に従属しながらも薩摩に支配されていたのです。
そんな薩摩藩にあって、下級武士だった西郷がどうして取り立てられることになったのでしょうか。彼は幼少のころから次期藩主と目されていた島津斉彬の信奉者でした。斉彬は英知の人で尊王攘夷派でしたが次世代を担うものとして、斉彬のイエスマンではなく、正論として物申す人材を求めていたのです。そんな中、藩主となった斉彬に対して意見書の提出を重ねていた西郷が朋輩大久保利通とともに目に留まり登用されることとなったのでした。
さて物語は明治37年、京都市長として赴任して来た西郷隆盛の息子西郷菊次郎の回想からはじまります。
西郷は、尊攘派斉彬死去(前藩主の命により毒殺されたとの説も有力)の後、藩主忠義の父島津久光(斉彬の実弟)から徹底的に嫌われていました。西郷が久光が敵対していた亡兄斉彬に重用されていたからでした。西郷は一度は僧月照とともに錦江湾に飛び込み自殺を図りますが、失敗し、久光の激に触れ二度の島流しとなります。一度目は奄美大島でした。ここで妻を娶り、生まれたのが菊次郎でした。菊次郎は長男なのですが、いずれ西郷がお国鹿児島へ帰るときに島の妻は連れて帰ることはできません。いずれお国で本妻を娶ることになれば、そこに生まれるのが嫡男となるべきとして、島の子は太郎ではなく次郎とされたのでした。実際、西郷はその後本妻いととの間に生まれた男子に虎太郎と名付けました。菊次郎は6歳にして、西郷のもとにに引き取られここで成長します。15歳にして西南の役に西郷とともに従軍しますが、右足に被弾し政府軍に降伏して一命をとりとめます。が、右足切断となったのでした。
この菊次郎の語りにより西郷の生涯が明らかにされていきます。西郷がどうして徳川幕府を倒さなければならなかったのか? 明治維新はどのようにしてなったのか? 維新政府は正しい政治を始めたのか? 西郷の主張する征韓論とは? どうして西南戦争は起こったのか? これらの全てが菊次郎により明らかにされていきます。
巻末に膨大な数の参考文献が挙げられています。それだけに本作品の史実に忠実な部分は信頼に値します。
本日ご紹介したのは史実に基づく歴史小説、林真理子さんの「西郷どん」でした。この原稿を書いている段階で、大河ドラマは第2回まで見ましたが、脚本を担当した中園ミホさんによりテレビ向けに大幅に脚色されています。いずれ、明治維新のヒーロー西郷隆盛の生涯について大いに楽しんでください。角川書店から2017年11月1日に発刊、単行本で前・後編の2冊で併せて512頁、3672円です(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。