宇宙の彼方と通信するにはどれくらい時間がかかるのでしょうか・・・
劉慈欣(りゅう じきん) 「三体」 早川書房
素朴な質問ですが、宇宙について考えたことってありますよね。異星人って本当にいると思いますか。現実にも世界的に、異星人発見のための調査が行われていますが、どのような方法が採られているかご存じですか。
これまでのところ、公式には異星人の存在の発見には至ってはいませんが、仮に異星人がいたとしても、太陽系宇宙の考えられる限り知られているところには異星人は存在しないということを前提とすれば、めちゃくちゃ遠いところにいるということになります。だとしたら、彼らとの交信は、現在の通信技術を前提として交信時間は片道でどれくらいかかるのだろうとか、壮大な空想にふけったことはありませんか。
この作品の作者は中国人ですが、実は中国で単行本として出版されたのは10年以上前の2008年です。この作品「三体」に続き、「暗黒森林」「死神永生」の三部作となり完結していますが、その初作となります。本書は中国で大ヒットして、2014年に英訳され、やはり大ヒット。2015年にはアジア人作家として初めてヒューゴー賞の長編小説部門を受賞しています。ヒューゴー賞とは1953年にアメリカで設立されたもっとも歴史あるSFファンタジー文学賞です。
そして、英文として出版されたものと中国語の原文とを参照しながら和訳されて、ようやく日本で発刊されたのが2019年7月ということなのです。日本でも発売されてすぐに10万部、全世界19カ国語で発刊され既に2000万部以上が売れているといいます。
作者の劉さんは文化大革命の時代に少年時代を過ごし、電気もない村で貧困の中で暮らし、空に天の川や人工衛星を見上げて育ったといいます。大学卒業後、発電所にコンピューター技師として勤務しながら本作品を執筆しました。本作品により「小さな人間と大きな宇宙との関係を描こうと努力したということです」。
ところで、本作品のアイディアは、物理学の三体問題から来ているとのことです。ちょっと難しいですが、宇宙に存する3つの天体には全て質量があり、互いに重力を及ぼすと物体の動きは予測できないというのが三体問題。ではこの3つの物体が3つの恒星だった場合、そのもとで生じた文明はいかなるものになるか。これが本作品のもとになった着想なんだそうです。と、なんだか訳がわかりませんが、読んでみるとなるほどと思ったりもします。何でもニュートンにより既に二体問題は解析されているけれど、現在までに三体問題については証明はされておらず、あらゆる説が混在している状態だそうです。
さて作品紹介です。物理学者の父を中国文化大革命で惨殺され、絶望した女性天体物理学者イエ・ウェンジェは失意の日を過ごしていました。そんなある日、中国共産党の命を受けて巨大なパラボラアンテナを備える秘密軍事施設で働かされることになります。この施設こそは中国が異星人を探すために作られた極秘基地だったのです。ここでは日夜を徹して人類の運命を左右するかも知れないプロジェクトが極秘裏に進行していたのでした。
それから、40数年後、ナノテク素材の研究者ワン・ミャオはある会議に招聘され、そこで世界的な科学者が次々に謎の自殺を遂げている事実を告げられます。自殺を遂げた科学者は皆、学術団体科学フロンティアという組織に属していました。ワンは、自殺の理由を究明するため、その組織へ潜入することになります。その潜入した彼に科学的にあり得ない怪現象がおそいます。彼の視界だけに現れる謎のカウントダウンの数字なのです。カウントダウンがゼロになったとき果たして何が起こるのか。残り時間はそう長くありません。
一方で、エリート科学者たちが夢中になっているその名も「三体」というゴーグルをと専用のスーツをつけてプレイするバーチャルリアリティタイプのゲームがありました。自殺者の一人がこのゲームに熱中していたことから、ワンもこれを体験してみることにします。このゲームは地球とは全く環境が異なり、3つの太陽を持つ異星が舞台となっていました。そこでは異星内での文明の発生と滅亡をシュミレーションしながら、過去の文明滅亡という失敗事例をもとに文明が滅亡しないためにはどうすればいいのか科学的に考察させるというものでした。 このゲームはその内容からしてソフトの作成には莫大な経費がかかっていることを容易に推測させるもので、いったい誰が何のために作ったものなのか謎は深まります。ゲームの中の世界の異星は高度の科学技術を擁するものの、太陽が三つもあるという極めて不安定な星でした。三つの太陽は昇りっぱなしであったり、全く昇らずに暗黒の日々が続くこともありました。そんな異星が1つの太陽の下に安定した環境下にある地球という惑星の存在を知ったらどうするでしょうか。
やがて、科学者たちがどうして自殺をするに至ったのかが明らかになります。・・・という感じで当初謎に包まれていたストーリーは次第にベールがはがれていきますが、いかがでしょうか。作品は壮大なSFですが、これが本当のことであっても何ら不思議はありません。
本作品は英訳されてすぐ読まれた、当時のオバマ大統領や映画監督のジェームス・キャメロンなど多くの著名人から絶賛されており、中国では既にアニメドラマ化が決定しています。ただ、実写の映像化には莫大な制作費が見込まれており検討中とのことです。 また、冒頭でご紹介した本作の続編の2冊は現在出版に向けて準備中です。
本日ご紹介したのは、現代中国の最大のヒット作、劉慈欣さんで「三体」早川書房から2019年7月4日発刊、448頁、単行本で2090円でした(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。