中山栄治「私の一冊」

理想の検察官とは・・・司法ミステリー

柚月裕子 「検事の信義」 角川書店

いつものように著者のプロフィールですが、柚月さんは岩手県釜石市のご出身で、幼少時を盛岡市で過ごし山形に転居して21歳で結婚、旦那さんと一男一女がおられます。子育てが一段落して主婦の傍ら小説家を目指して文芸評論家の池上冬樹さんが世話人をする「小説家になろう講座」を受講、物書きとしての腕を磨きます。

そうして、2008年に、幻冬舎の作家の卵を発掘する「このミステリーがすごい大賞」に「臨床真理」という作品を投稿して、大賞を受賞、副賞1000万円を手にして作家デビューです。

当時40歳といいますから、現在は51歳ですね。公開されている写真がありますのでネットで検索してみてください。美魔女ですよ。2013年、「検事の本懐」で大藪春彦賞、2016年、映画化された「孤狼の血」で日本推理作家協会賞を各受賞されています。やくざ映画が好きで「仁義なき戦い」の大ファンといいます。初恋の人は、薬師丸ひろ子主演の映画「セーラー服と機関銃」に出ていたメダカ組の若頭を演じた渡瀬恒彦さんだそうです。

彼女の単行本は、デビューしてこの11年間に私の知る限り、いずれもミステリーが16冊出版されています。もちろん全部読みました。いずれもそこそこおもしろくて、新刊を楽しみにしている作家の一人です。

先ほど出た「孤狼の血」は役所広司主演で映画化されましたが、この続編である「狂犬の目」も映画化準備中です。さらに「孤狼の血」シリーズの完結編である「暴虎の牙」が、昨年から夕刊フジに連載中で、この単行本化が待たれるところです。

今回ご紹介する「検事の信義」は、検察官佐方貞人(さかた さだと)シリーズの4作目です。これまでは「最後の証人」「検事の本懐」「検事の死命」がでています。この3冊で累計40万部を突破しています。主人公は、もちろん検察官佐方貞人ですが、作中、彼は司法修習終了とともに検察官に任官して5年目になります。広島県出身、母を早くに亡くし、弁護士を父に持つも、父は佐方が中学生の時に顧客のお金を横領したとして業務上横領の罪で懲役2年の実刑判決を受け、服役中に死亡しています。佐方は、スモーカーで、いつもぼさぼさの髪、しわだらけのワイシャツ、よれよれのスーツという出で立ち、無愛想ながらも事件に対して確かな目を持ち、将来を嘱望された検察官です。本作品は、そんな佐方が挑む4つの短編からなる事件簿です。

ところで、佐方貞人シリーズの過去の3作品はいずれもテレビ化されていて、佐方を演じたのは上川隆也さんでしたが、ぴったりなイメージです。ですから上川さんを念頭に置かれて読み進められれば、それなりに楽しめます。

さて、4つの短編作品の紹介ですが、窃盗容疑で逮捕された事件の裁判で検察からの論告求刑で超異例とも言える「被告人は無罪」と論告する「裁きを望む」。覚せい剤事件の証人の証言の齟齬から事件が警察内部の不正発覚まで発展する「恨みを刻む」。検察内部の裏金疑惑から佐方の信念が揺れ動く「正義を正す」。そして最後の4作目は認知症の母親を介護の疲れから殺害したとして逮捕された被疑者を調べるうちに、遺体発見から犯人逮捕までに空白の2時間の存在を知った佐方、この2時間に潜む事件の真相を見つけようとする「信義を守る」、以上計4つの事件簿です。

余談ですが、本作品とシリーズを一にする1作目の「最後の証人」は、佐方が中年弁護士として登場しています。つまり、もと検事だった佐方が何らかの理由で検事を辞めた後に、刑事弁護士として活躍する姿を描いたものです。ですから順番としては、先に「最後の証人」で検事を辞めて弁護士に転身した佐方を描いて、その後に「検事の本懐」で佐方の検事時代のことを振り返り、「検事の死命」と「検事の信義」は検事としての過去の佐方の活躍を描いているということになります。佐方ファンの私としては、順番はともかくこれを機に4作全てを読まれることを是非お勧めいたしたいです。

本日、ご紹介したのは柚月裕子さんの「検事の信義」角川書店から2019年4月20日発刊、単行本でさらっと読める256頁、1620円でした(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。