中山栄治「私の一冊」

ガラ携って何?

相場英雄「ガラパゴス」上・下巻 小学館

相場さんの略歴ですが、1967年新潟県三条市ご出身の48歳です。高卒後専門学校を経て1989年にキーパンチャーとして時事通信社に入社。その後、経済部記者に転身して活躍中の2005年「デフォルト 債務不履行」でダイヤモンド経済小説大賞を受賞して小説家デビューです。38歳でした。2012年に狂牛病のBSE問題を扱った作品である「震える牛」が28万部のベストセラーになります。現在デビュー10年目の中堅作家といえるでしょうか。自らを「しがない脱サラ作家」と称されています。

本作品のタイトルはガラパゴスですが、何のことかご存知ですか?ガラパゴスの語源となったガラパゴス諸島は大陸から隔絶された環境下で生物が独自の進化を遂げていますが、ここから派生した新しい言葉で、日本の技術やサービスなどが世界標準とは異なる形で国内市場に最適化するように独自の発展・進化を遂げていることを意味するんだそうです。

スマートフォンではない携帯電話のことをガラ携といっていますが、日本の携帯電話は独自の通信方式が採用されて、国内でのシェア獲得競争のため各社が自社の端末機に次々と新たな機能を搭載していきました。その技術は世界最先端ではあるものの、その間、世界の携帯電話市場は電話機能に特化したフィンランドのノキアや韓国のサムスン、アメリカのモトローラなどの企業に制覇されてしまいました。このように世界標準とはかけ離れている日本の産業の現状を批判的に表す意味として使われています。

そのガラパゴスをタイトルとした本作品です。経済ミステリー小説です。

さて内容です。警視庁捜査一課の田川は同期の刑事に頼まれ、警視庁管内で身元不明のまま無縁仏となっている者の身元を明らかにする捜査を手伝うことになります。1000人にも上るリストの中から、田川は2年前に自殺者として処理されたリスト番号903の男の死因に不審を抱きます。調べたところ、何と練炭自殺に見せかけた青酸化合物による毒殺であることが判明します。田川は古い団地の空室となったままの遺体発見現場を訪れ、遺体が発見されたお風呂の浴槽の下の隙間からちぎれた紙片を発見します。そこには「新城も」「780816」とメモが残されていました。果たしてこのメモは何を意味するのか。

田川は、発見現場の近隣での入念な聞き込みなどから男の身元が沖縄の宮古島出身の仲野定男であることを探り出します。田川は、仲野の遺骨を携え捜査のため沖縄へ飛びます。そこでは、仲野は既に天涯孤独の身となっており、親類縁者はいませんでした。仲野は地元の中学を卒業後、福岡の高専高校へ進学、トップの成績で卒業しながら派遣労働者となり、日本全国の製造工場を転々としていたことを掴みます。

さらに田川は仲野が所属していた派遣会社を調べます。わずかな手がかりをもとに仲野と一緒働いたことのある労働者をひとりまたひとり訪ね、田川は一歩一歩確実に殺人の実行犯へと近づいていきます。その捜査の中で派遣労働者を大企業に派遣する人材派遣会社と大企業との癒着関係を知り、なぜ仲野が殺されなければならなかったのかという動機に肉薄していきます。

しかし、そこに立ちはだかる巨大な権力構造。果たして田川は真実を暴くことができるのか。・・・といった感じです。

本書は、派遣労働者の置かれた極めて劣悪な社会状況が理解できます。ちなみにいわゆる正社員ではない非正規の労働者は労働者全体の3分の1を占めているといわれています。誰も好き好んで派遣労働者になっているわけではないと思います。正社員としていい働き口が見つからないからなのです。企業は中小も大手も利益を生み出すために経費削減にしのぎを削っています。そこで人件費削減のため健康保険料や雇用保険料の負担のない正社員ではなくて派遣労働者を多用することになるのです。

政治の世界でも、非正規雇用社員の地位安定ををめぐる問題がクローズアップされていますが、本作品ではその問題を正面から論じており、とても分かりやすいです。

また、日本企業のガラパゴス化についても興味深く解説してくれます。その意味で殺人事件を解明するというミステリーとしての一面とともに日本経済のブラックな一面をえぐり、知識欲を満たしてくれる作品となっています。私自身、正直言ってガラパゴスについて不正確な知識しかわかっていなかったので勉強になりました 。とてもためになる作品であるとともに久しぶりにいい作品に巡り合ったという感想です(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。