中山栄治「私の一冊」

「仁義なき戦い」の菅原文太はかっこよかった。

柚月裕子「孤狼の血」角川書店

柚月さんは08年に「臨床真理」という作品でこのミステリーがすごい大賞を受賞して作家デビューです。少女の頃からシャーロックホームズにはまっていたそうで、受賞当時は40歳の主婦でした。現在は育児も終わり、お子さんも二人とも成人しているそうです。2013年「検事の本懐」で大藪春彦賞を受賞しています。現在は47歳です。ちなみに彼女のデビュー以来、私は全作品を拝読していますが、いずれもミステリーで司法ものが多く、年2冊くらいのペースで書いておられるようです。司法ものから外れた新分野でも数冊書かれていて新境地なのではありますが、いまいちでした。

今回は、時代設定を昭和末期に戻して仁義なき戦いを彷彿させる警察とヤクザとの関係を扱ったハードボイルド作品です。

現在は暴力団根絶キャンペーンが張られていて、あらゆる分野から暴力団関係者の排除がされていて、それに沿うたくさんの法律が制定されて厳しく取り締まられています。実際、組関係者は銀行預金を開設することも許されず、既にある開設されている預金口座も銀行から約款に基づき一方的に解約されていますし、公的・私的とわず賃貸住宅に入居することもできず、公の住宅からは追い出されたりしています。これらの現状を捉えて暴力団員には人権はないとさえ言う人もいます。

このような規制は、昭和の末期にかけて暴力団の対立抗争に民間の人が犠牲者として巻き込まれるようなことが頻発したことが契機とされていますが、昔も今も警察と暴力団との関係は丸暴関係者から警察へ情報が売られたり、逆に捜査情報が漏えいしたりとかその不正な癒着についていろいろとささやかれています。

今回の小説の舞台は昭和ですので、暴力団への規制はまだ緩かったころが時代背景とされています。

主人公は広島県警の某地方所轄警察署の丸暴担当の巡査部長大上と、大上のパートナーとして配属された新人巡査の日岡です。大上には最愛の妻子が何者かにひき逃げされて殺されるという過去があり、一方、日岡は広島大学出身の学士でありながら、ノンキャリアにて警察官になったという変わりだねでした。大上は、組関係者から毎月お手当をかすめ取り捜査にさじ加減したり、その資金をもとにあらゆる捜査情報を買う悪徳警官とうわさされており、警察監察室から内部調査の手が伸びているところでした。そんな二人が、管内でのフロント企業とされる貸金業者の経理担当者の失踪事件を追っていました。日岡は大上の躊躇ない違法捜査の手法に戸惑いながらも、犯人摘発のためなら悪魔にでも魂を売ると公言する異常なほどに意欲を燃やす大上に次第に傾倒していきます。ところが、そんな中で暴力団の対立抗争が勃発、大上は意外にもこの対立抗争の火消しをするために奔走します。そして大上は失踪します。

残された日岡はひとり事件に立ち向かいます。さて、対立抗争の行方は・・・大上は何をしていたのか・・・事件はどう解決するのかといった具合ですが・・・いかがでしょうか。

後半からラストにかけてはこちらまで気分が高揚してきて、夜中に拘わらず一気読みさせられてしまいました。そして、読後になってしみじみと「孤狼の血」というタイトルの意味を再認識しました。舞台は広島で全編広島弁です。「ほうじゃけんのお」とか「なんならあ」「なんじゃ、われ」とか「おどれら、生かして帰さんど」とか、読みながら思わず「仁義なき戦い」の菅原文太さんがセリフを吐いているようなイメージがわいてきました。

作者の柚月さんは、これまでの作品では検察官や弁護士を題材に書いて、彼らの世界のことを表の正義といい、今回は裏の正義を書いてみたかったということです。ご自身昔から「仁義なき戦い」や「麻雀放浪記」のような男同士がしのぎを削るような作品に憧れていて、アウトローの世界で生きる熱い男たちの物語を書きたかったと、今回はそれをようやく作品にできたのだそうです。

さて、本作品は2015年度下半期の直木賞にノミネートされていますが結果はどうでしょうか(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。