中山栄治「私の一冊」

どうして山に登るのか

下村敦史 「生還者」 講談社

作者の下村さんは1981年京都生まれの若干34歳、高校を2年、17歳で自主退学しておられますが、その年に大検試験にはパスしています。

作家さんといえば失礼ながら高学歴の方が多いようですが、下村さんは高校中退して以来、自宅にて時々フリーターやご身内のお年寄りの介護を手伝いながら、2006年25歳にして小説を書き始め、江戸川乱歩賞に応募し始めて、9回目の応募となる昨年、「闇に香る嘘」で堂々の受賞、デビューです。まだ2年目の新人です。乱歩賞にあっては連続して9年間も落ちながらも、ずっと応募しつづけた理由を尋ねられると「書くことが好きだから」「身近な読者がいなければたぶんあきらめていたと思います」というシンプルな回答です。身近な読者とは家族や友人約10名くらいだそうです。

山登りといえば、私は山歩きのレベルですが、二人の子どもたちが3歳くらいの時から毎年一緒に大分の久住と由布岳に登っていましたが、今や成人した子どもたちはきついと言って山登りに付き合ってくれませんし、結婚前は一緒に登っていた妻も今は愛情もないのか拒絶、結局、家族で由布院の温泉に行ったときも一人寂しく登っています。山はいいですねぇ。山頂からの景色を眺めると登りの疲れもスーッと引いてしまうくらい爽快感を得ることができますよね。そして山を下りた後、温泉の露天風呂から遠く眺め、下山してきたばかりの由布岳の山頂に思いをやり、あそこまで登ったんだなあなんて最高ですね。

世界一高い山は、はい、エベレストことチョモランマ標高8848mです。2番目はK2で8611m、三番目は8586mのカンチェンジュンガです。いずれもネパールに属しますが、このカンチェンジュンガ(偉大な雪の五つの宝庫)が本作品の舞台となっています。

ところで、登山するには登山する人の装備や移動のための費用、携行する食料などその準備などに多額の費用がかかりますが、山に入ること自体にも費用がかかるのはご存知ですか。

ちなみに、日本国内では富士山は任意でひとり1000円支払うということですが、それ以外では登山にあたり県や市などに対して義務的にお金を払うことはありません。

が、ネパール政府は違います。たとえばエベレストでいうと単独行だと一人約250万円の入山料がかかります。7人以上の団体だと割引となって一人100万円だそうです。これ以外にもベースキャンプ使用料とかもろもろの費用がかかります。にもかかわらず、ネパール政府は遭難した登山者に対して救助隊を出すのは惜しむので評判が悪いそうです。

ハイ前置きが長くなりました。ストーリーです。

主人公増田直志の兄謙一は4年前、冬の白馬岳(しろうまだけ)の登山ツアーに婚約者とともに参加していて婚約者を遭難事故で亡くします。そして喪失感から、「山にはもう登らない」と公言していました。その兄が1週間前にカンチェンジュンガで6名の登山隊とともに雪崩に巻き込まれ死亡したとの報に接します。うち4名の遺体が発見されたものの、残りの3名は生死不明の行方不明となっておりその生存は絶望視されていました。

ところが現地に赴いた父が持ち帰った兄の遺品には、兄の腰のカラビナに結わえられていたザイルがあり、当然ザイルは切れていて、直志が切断面を子細に見るとあたかもナイフで傷つけたような鋭利な痕跡が遺されていました。兄の死に不信感を持つ直志でしたが、その数日後、カンチェンジュンガで行方不明となっていた3名のうちの一人が奇跡の生還を果たしたことが報じられました。高瀬というその生存者は単独行であり、高瀬が言うには「山で一人遭難していたところに6名の登山隊に遭遇し、助けを求めたが登頂の足手まといになるとして見捨てられ、一人途方に暮れてビバークしようとしていたところ、登山隊の一人である加賀谷と名乗る人物が舞い戻ってきて、助けられた。そうして二人下山していたところに雪崩に遭い自分だけが助かった。加賀谷は自分の命の恩人である」というものでした。がしかし、さらに数日後、残る行方不明者のうちの登山隊の一人、重症の凍傷を負った東が生還しました。高瀬の話を聞いた東はインタビューに応じ、高瀬という登山者は嘘をついており、加賀谷は東たちを見殺しにしようとした卑怯者であり、決して英雄ではないと断罪します。

二人の生還者のうちどちらかは必然的に嘘をついていることになりますが、単独行を目指していたという高瀬とは一体何者なのか、直志の兄謙一は事故死ではなく何者かによって殺されようとしていたのか、果たしてカンチェンジュンガで何があったのか。マスコミは当然のように騒ぎ始めます。

そんな中、高瀬は姿を消します。どういうわけかカンチェンジュンガを目指していたのでした。そのことを知った直志は、事件を負う女性記者とともに真実を求め高瀬を追ってねカンチェンジュンガに向かいます。という感じですがいかがでしょうか。

私は「趣味は読書」を名乗るものとして、質の高い読者にして、その推理力が高レベルなのはいうまでもありません。当然読みながらこの先見えてるなとか、なんだつまらんとか思うわけですが、私の推理が簡単に当たってしまうようでは、作者としてはまだまだ未熟と言わなければなりません。が、もちろん私の推理は見事に外されていたどころか、思いもかけないラストに仕上がっていました。大満足でした。

書き下ろしの283頁です。短いだけにさらっと一晩で読めますので睡眠不足にご注意を(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。