人魚姫ならぬ金魚姫はいかがですか
萩原浩(おぎわら ひろし)「金魚姫」 角川書店
荻原浩さんの代表作といえば「明日の記憶」ですが、その後、私はもっと感動したくて荻原さんの作品をアマゾンで片っ端から注文して読み漁りましたが、残念ながら二匹目のドジョウはいませんでした。そういうことでここ最近は荻原さんの新作は読んでいませんでした。そんな中で今回の新作「金魚姫」は、奇抜な書評にひかれて、ダメもとで読んでみました。
ところがびっくり、読んでいて本の残り頁が減ってくるラストに向けて、もちろん結末はどう結ばれるのかについての楽しみと、ちょっと待て、この物語、まだ終わってほしくないという複雑な感じがごちゃ混ぜになって、なかなかいい読後感を持つことができました。久しぶりに皆さんに対して、ご紹介に値するいい作品です。
さてその「金魚姫」です。一言でいえば奇想天外です。実は人の人生、生まれ代わりの輪廻転生の連続で、数世代にわたって因果は巡りまわっているのです。どんなに小さなことにも何気なく選んだ道にも意味があります。偶然と思えるあらゆるものが実は見えない糸でつながっているのです。それが因果なのです。はい。読んでいただければわかります。
主人公の江崎潤29歳は転職を重ねるやる気のない営業マン、その日暮らしでうつ状態に沈んでいます。会社は仏壇仏具を扱うブラック企業。土曜出勤、サービス残業は当たり前。ひたすら電話営業をかけまくって口先三寸でも仏壇仏具を売るのがお仕事です。そのためにはオレオレ詐欺顔負けのトークが必要です。そんな仕事に嫌気がさしていた潤は、一緒に暮らしていた彼女には出て行かれ、ビルの最上階からの飛び降りさえ考える毎日です
潤はある日、二日酔いのうだる暑さの部屋の中で、聞こえてくる近くの神社の夏祭りの賑わいに誘われます。その出かけた帰り、どこか高いビルはないかと思っているところに、何気なく出くわした金魚すくい屋さん。潤は金魚すくいに自らの命を懸けようと決意します。ひときわ目立つ大きな赤いまだらの金魚をすくうことに成功したら、しばらくは生きてゆこうと決めるのです。さて金魚すくい、大きな金魚なのに、どういうわけか金魚をすくうポイも破れずに、するりと金魚から飛び込んでくるように、すくい上げることができました。金魚の種類は沖縄琉球の琉から由来する琉金といいます。潤はともかくこの金魚を飼うこととして、古本屋に立ち寄り何やらとても古い金魚の飼い方を記した本を購入します。ところが、その深夜、酔った潤が目覚めると、活けていた金魚がいません。その代わりに赤い中国の古い時代の民族衣装らしき姿をした水もしたたる若い怪しげな美女があらわれます。そう、潤がすくった琉金は人魚姫ならぬ金魚姫だったのです。潤はその金魚にりゅうと名付けますが、金魚姫になったりゅうは潤が知らない間にえびせんをほおばったり、つけっぱなしのテレビから言語を学び妙な日本語を話します。そして摩訶不思議、潤が人魚姫を飼うようになってからというもの、潤には見えてはならない死者の姿が生きている人と同じように見えるようになります。そればかりか、平然とお話さえできるようになるのです。ところで、潤のお仕事は仏壇仏具販売の営業です。潤は新たな死者からの情報をもとに次第に営業成績を伸ばしていくようになります。
一方、りゅうは人間として化身している時間には限りがあるらしいのですが、自らの意思で、金魚と人間との変身を繰り返します。こうして潤とりゅうのユーモラスな生活が始まります。 どうやら中国の出自らしいりゅうは、どうして現代日本の潤の前に姿を現したのか。しかし、りゅうは過去の記憶を失っていたのでした。偶然はないのです。すべて因果の流れの中での必然だったのです。次第に記憶を取り戻していくりゅう。その結末に待っていたのは・・・てな具合ですがいかがでしょうか。
ファンタジーでありラブストーリーでもあります。今年の7月31日に角川書店から出版されました。400頁、1836円。
なお、作者の荻原さんのプロフィールについては私の一冊(7)「明日の記憶」をご参照ください(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。