中山栄治「私の一冊」

復讐とは虚しいものですね。

ピエール・ルメートル 「その女アレックス」 文春文庫

この作品、何と文庫で発売以来2年足らずで55万部を売り上げています。

作者のルメートルさんは1951年生まれの64歳、図書館の職員に文学を教えるという教職を経て、テレビドラマの脚本を手掛けていました。2006年に55歳という遅咲きの作家デビューです。第1作「悲しみのイレーヌ」でいきなりコニャックミステリ大賞ほか4つのミステリ賞を受賞しました。本作品は第1作で登場した警部 カミーユ・ヴェルーヴェン シリーズの2作目で、2011年にフランスで発表された犯罪ミステリです。

作品は2012年フランスでデリーヴル・ド・ポッシュ賞、2013年イギリスでCWAインターナショナル・ダガーを受賞しました。 日本では2014年9月に翻訳出版されました。が、すぐさま2014年度のこの「ミステリーがすごい 海外編」、「週刊文春ミステリーベスト10」「本屋さん大賞 海外編」ほか3つのミステリランキングで1位を取ったという優れものです。

さて、ストーリー紹介です。ただ、余りに内容に踏み込んだらネタバレになってしまいますので、その範囲でしかご紹介できませんのでご了承を。

主人公は、もちろんその女アレックス、美貌の30歳。元看護師。冒頭でこの美女が一人で、男どもがあつまるお店で食事をして男たちにいい気分にちやほやされての帰宅途上、見知らぬ一人の暴漢にいきなり拉致誘拐されます。全く抵抗できないままにひどい暴力を受けて、古い廃屋に連れ込まれます。そこでは自ら衣服を脱ぐように命令されて丸裸にされ、背中を丸めてうずくまるしかないほどの小さなの木箱に閉じ込められ、木箱ごと宙につるされてしまいます。木箱は壁が格子状になっており外から中がよく見えるような作りになっていました。アレックスは犯人に尋ねます。「どうして私なの」と、犯人はアレックスに言います、「お前が死ぬのを見たい」と。そうして犯人は去ってしまいます。アレックスは少ないペットボトルと固形状の食糧を与えられ、そこに吊るされて放置されるだけの毎日を送ることとなります。

薄い眠りの中でふと、物音がして気付けば、アレックスはおなかをすかした大きなネズミたちに囲まれていました。固形上の食糧はネズミが好みそうなペットフードだったのです。

一方、拉致現場での目撃者からの通報を受けた警察では、カミーユ・ヴェルー・ヴェン警部を班長としてチームが結成され捜査の任に着きます。カミーユは敏腕警部として知られていましたが、自ら担当した最愛の妻を誘拐事件によって殺害されるという事件にうちひがされ、失意の中にいて、一部捜査関係者からは彼を第1線に復帰させるのはまだ早いという声もありました。カミーユはかっての仲間であるルイとアルマンをチームとして引き入れこの誘拐事件に立ち向かうのでした。ルイは上流階級の子息でお金持ちです。一方、アルマンは倹約家でそのいでたちはこざっぱりしたホームレスの様相です。この凸凹コンビがカミーユの期待に応えるべく活躍します。捜査は進み、誘拐事件の容疑者が特定されてその背景が見え隠れしてきたときになって、追い詰められた容疑者はアレックスの拉致場所を明らかにしないままに転落死してしまいます。被害者アレックスをどうやって見つけるのか。

一方、アレックスはひとり監禁場所からの脱出を試みようとしていました。

ところで、誘拐事件はこの物語の導入に過ぎなかったのです。アレックスがさらわれるずっと前に、実は容疑者の息子は、行方不明となっていたのでした。その行方不明事件にアレックスは何らかの関係ありと疑いが掛けられていたのです。この誘拐事件の真相は息子に対する復讐のためになされたものであったのか。

おりしも、パリ近郊において濃硫酸を咽喉に流し込むという凄惨な手口による新たな殺人事件が連続して起こります。一体犯人は誰なのか、事の真相は単純ではありません。という感じでアップテンポでストーリーはラストへと駒を進めます。

カミーユとこの一連の事件を担当した予審判事との会話が印象的なラストを飾ります。曰く「・・・真実、真実といったところで…これが真実だとかそうでないとか、いったい誰が明言できるものやら、われわれにとって大事なのは、警部、真実ではなくて正義ですよ。そうでしょう。」はい。

この作品に涙はありません。私は、この小説が冒頭で紹介したようなとてもすごい評判を得ているものとはつゆ知らずに、読書友達に勧められるままにただ何となく読んでみました。感想は一言でいえば、「こんなのありですか」なんですけど、読んで絶対後悔させません。さあ皆さんも私と同じようになんとなく勧められるままに読んでみてください。読んでいる間のストーリー予測はすべて裏切られること間違いなしです。既に映画化も決定しています。

文庫版449頁860円+税です。ルメートルの翻訳作品は日本では本作品を含めて3作品しか出版されていませんので、他の2作品も手に入れてください。とくに本作品の前作である「悲しみのイレーヌ」が超おススメです(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。