裁判員裁判について勉強しよう
法坂一広「最終陳述」 宝島社
法坂さんといえば、ご存知の方はご存知、京都大学出身、福岡の現役弁護士です。ついでに、フルマラソンにも裸足で出場しているアスリートです。御年41歳の独身です。もちろん本職は弁護士ですが、作家デビューしてからは、それまで所属していた事務所からは独立して現在は一人で気ままに事務所を構えています。
彼は「弁護士探偵物語 天使のわけまえ」で宝島社のこのミステリーがすごい大賞を受賞して作家デビューしました。第2作も弁護士探偵物語シリーズで「完全黙秘の女」というタイトルでした。もちろん登場する主人公の弁護士は同一人物、ご自身を想定されて書かれているのでしょうか。言い回しがしつこいくらいのハードボイルドものでした。
今回は第3作となりますが、弁護士探偵シリーズからは外れました。ハードボイルドでもなくて、登場人物も一新していますが、舞台はここ福岡ですので、われわれ福岡在住組には知ってる地名や場所が出てきてなじみやすいです。内容は裁判員裁判を扱った法廷ミステリーとなっています。
本件のテーマとなっている裁判員裁判について説明しておきます。刑事裁判では、国民の司法参加が実現した裁判員裁判制度ですが、たとえば窃盗事案や覚せい剤の自己使用事案などの事件は、現在も従前と同じようにプロの裁判官が単独で裁判を担当して裁いています。しかし、刑事裁判のうち罪名が殺人、傷害致死、強盗致死傷、現住建造物放火、身代金目的誘拐など、被害者の生き死に関わるような一定の重大事件については、裁判員裁判によって刑事裁判が行われるようになりました。
裁判員裁判ではプロの裁判官3名と、市民から無作為に選任された6名の裁判員の合計9名で合議による法廷を構成します。そうして、この9名の多数決で、事件の被告人の有罪無罪を決定し、有罪の場合は、被告人に対する刑罰を死刑にするとか、懲役20年にするとか決定することとなるわけです。
裁判員裁判は、裁判について素人が加わることによって、有罪無罪の事実認定が甘くなり、また従前よりも量刑が重くなったのではないかと言われるなど、批判的な意見も多くあります。
アメリカの陪審制度とは、刑事裁判に素人が加わるという点においては似た制度ですが、最も異なるのはアメリカの陪審制度は、有罪無罪を決めるだけで、刑期は裁判官が単独で決めるということ、また、陪審では無罪判決が出れば、これを上級の裁判所において争うことができずに即刻確定しますが、日本の裁判員裁判では一審で無罪判決が出ても控訴審の高等裁判所においてそれが有罪となることがある点です。そんな裁判員裁判は、複雑な大事件であっても集中審理によって裁判が始まってから判決までの期間が短くなりました。
さて、本題に戻って作品紹介です。
シーンは刑事裁判の法廷です。詐欺的商法て金儲けをしている会社の経営者とその愛人が会社事務所において殺され現金が強奪されるという強盗殺人事件が発生しました。犯人とされる被告人は、容疑を全面的に認め反省を示しますが、検察側の求刑は死刑を求めるものでした。これに対して、弁護側による最終陳述が今まさに始まろうとしていました。
するとそのとき突然、法廷内の傍聴席から若い男が「その人は犯人ではありません、殺したのは私です」と大声で叫びました。えっ、この裁判、一体どうなるの、という具合で物語は始まります。
警察、検察の立場、弁護士の立場、裁判所の立場をそれぞれが守ろうとする観点から、それぞれの利害が異なり、つまりうちは失態はしていないと自らの保身を図ろうとします。
被告人は果たして冤罪なのか、だとすれば、被告人はどうして事実を争わなかったのか、だれが冤罪を生んでしまったのか。そのあたりの機微がとても面白く描かれています。
さて、事件の真相は、判決は一体どうなるのでしょうか。といった感じで楽しむことができます。
最後に、法坂さんは同じ福岡の弁護士ですから知らない仲でもないので、先日、先輩弁護士であることを利用して、私から法坂さんに電話してお話を聞いてみました。
彼曰く「今回の作品は出版社からは重厚な法廷ミステリーを書いてほしいとだけ言われ、それを念頭に執筆したこと」「裁判員裁判についてはいろいろ言われているが、裁判員裁判のしくみについて皆様に知っていただきたかったこと」「裁判員に興味のある方は是非読んでいただきたい」とのことでした。もちろん「小説書いていくら儲かってますか」なんて無粋な質問はしませんでした。はい。
351頁です、一気に読んでみてください(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。