中山栄治「私の一冊」

戦隊ヒーローに憧れませんでしたか

阿部和重・伊坂幸太郎合作 「キャプテン・サンダーボルト」文藝春秋

まず、作家の阿部さんはご存知ですか。作家デヴュー11年目にしてロリコン男を主人公とした「グランドフィナーレ」という作品で芥川賞を受賞されました。阿部さんの嫁さんも芥川賞作家のあの関西弁作家川上未映子さんですね。受賞作は「乳と卵(らん)」でしたね。

伊坂さんはゴールデンスランバーをはじめとするヒット作を多発する流行作家ですね。伊坂さんは直木賞に何度もノミネートされましたが、取れずにいて毎回待つ身の苦しさを知って、彼自身もう直木賞はいらないからノミネートしないでくれって言ったことで有名ですよね。結局もう取れないんですが。

お二人はともに東北出身で歳も阿部さんが3つ年上です。阿部さんの作品の帯書きを伊坂さんがしたことがきっかけで、2010年に、はじめて会って意気投合し、この時に合作の話が持ち上がり、次に会ったのが2011年の3月初め。この時に合作小説を書くことを合意しました。

ところが直後の3.11大震災、伊坂さんは仙台在住で被災して一時は執筆活動を断念かとまで落ち込んでいたそうですが、この合作だけは何とかしようと執筆を再開したそうです。といいながら、相変わらず乱筆しているようですが。

合作作品ってどうやって書き進めていくと思いますか。

もちろん初めにアイディアを出し合って、舞台をたがいの出身地に近い東北宮城と山形に設定したとか、一応のストーリーを決めるわけですが、その後は、伊坂さんが設計図みたいなものを作って、構成を第1章から第12章までに設定して、大まかな内容を提案して、章ごとに交替で担当を決めて書いて、章案を互いに交換して手を入れあったという感じだそうです。まあ、読者としては読んでみてこの章はどっちが書いたんだなんて考えながら楽しめます。

さて作品紹介です。

時は現在、主人公は幼馴染の少年野球のチームメイトだった二人、現在はいずれもそれぞれの事情を抱えて落ちぶれて、お金に困り果てていました。そのうちの一人が一儲けして一発逆転をもくろんでいました。折しも友人が騙されたインチキ水を使った詐欺商法の首謀者を強請ることを考えます。舞台はホテルの一室、その部屋で呼び出した詐欺師を待っていました。相手方とは面識がなかったため、ルームナンバーを記載した紙をベルボーイに託したのでした。ところが、何の因果か時を同じくしてビジネス取引のため詐欺師とは違う相手方にルームナンバーを記載した紙を別のベルボーイに託した人がいました。果たしてルームナンバーが記載された紙はそれぞれ間違った相手に渡されることとなり、詐欺師を相手にするはずがロシア人ギャングを相手方とする大きな大きな事件に巻き込まれることとなるのです。その後、もう一人も好まざるにかかわらず事件に巻き込まれてしまいます。

一方、太平洋戦争末期の1945年3月、一日の爆撃としては史上最大の虐殺と言われる10万人以上の無防備の一般市民の死者を出した東京大空襲の夜、米軍機300機以上のB-29爆撃機のうちたった3機が東京へのコースを外れて山形県蔵王に墜落します。この米軍機、実は大空襲とは別の目的をもって蔵王を目指したのでした。奇想天外にも東京大空襲は3機の米軍機のダミーのために敢行されたというのです。

戦後、B29が墜落したとされる地点から至近の蔵王の火口湖で、高い致死率を有する村上レンサ球菌という細菌によって引き起こされるという村上感染症が発症します。このため、周辺各県の住民は皆、予防接種を受けることとなります。村上レンサ球菌とは何なのか、本当に存在するのでしょうか。はたまたこの細菌はアメリカ軍の細菌化学兵器だったのでしょうか。

時は現代に戻り、数十年前に蔵王の火口付近で戦隊ヒーローものの映画撮影が行われていました。蔵王の火口付近は村上レンサ球菌が発見された地域であり立ち入り禁止区域が多くあります。そこで映画撮影が無事行われたわけですが、いざ公開となった段階で、主演ヒーロー俳優の不祥事により映画は公開中止となったのでした。

ところが映画公開中止の本当の理由はヒーローの不祥事なんかではなく、村上感染症が深く関わっていたのでした。

他方、感染症の謎を追う謎の女。世界同時的に発生する多発テロ事件。ついには日本でもテロ発生が危ぶまれます。

こうして田舎の小さなちいさな恐喝事件のはずが、世界的な大事件へと変貌して行きます。何と二人はいつの間にか世界的なテロに対峙することになってしまったのでした。

さて、日本を救うことはできるのか。てな感じでいきなり壮大なスケールに発展するのでした。

なお、タイトルのキャプテンサンダーボルトは実在した人物です。1800年代後半、オーストラリア開拓時代の強盗でしたが、強盗をする際は決して人は殺さなかったそうです。義賊みたいに強奪したお金を民衆に振る舞ったりもしたそうです。監獄に入れたらて脱獄してもみせましたが、最後は巡査に射殺されます。このキャプテンが本編にどう関係するのかも謎です。

たぶんこの作品は映画化されると思います。読んでいて映像化したらこのシーンはどうなるのかとか想像してみたらとても面白そうでした。全523頁です。どうぞ快感を味わってください(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。