時をかける手紙
「ナミヤ雑貨店の奇蹟」東野圭吾 角川書店
東野さんといえば,いまや新作を出せば超売れるベストセラー作家ですが,福山雅治と堤真一で映画化された「容疑者Xの献身」が直木賞及び本格ミステリ大賞のダブル受賞を果たしたのは2006年のことでした。その後,同作品(英語版)はアメリカでも出版され売れました。ついでにアメリカの長編推理小説の分野で権威あるエドガー賞の2012年の最優秀小説賞にノミネートされました。日本人として史上初でしたが,残念ながら受賞は逃しました。
東野さんの作品は,私の過去のコラム(24)「何が秘密だったのか」で「秘密」をご紹介しました。1985年に27歳で「放課後」で江戸川乱歩賞を受賞して作家デビューしましたが,その後しばらくは恵まれず,98年に「秘密」で大ブレイクしました。同作品は事故で死んだ母親の精神が生き残った娘に宿るという奇想天外なストーりーでした。東野さんはミステリのほか,SFも得意としています。タイムスリップする時空ものや,死者の人格・魂が生きている人に宿るとかいったものです。
今回紹介する「ナミヤ百貨店の奇蹟」も時空ものです。
タイムスリップを題材にした小説は,古くは筒井康隆さんの「時をかける少女」など数多くありますが,たいていは人が過去にタイムスリップするというのが定番となっています。過去において未来の知識を生かして何らかの活躍をして,最後には過去から現在に帰って来るというものです。しかして,本作品で時空を駆け巡るのは人ではありません。何と手紙なのです。つまり,現在と過去を結ぶ特別のポストがあって,それを介して手紙が過去と未来との時空を駆けめぐるのです。
さて,タイトルとなっているナミヤ雑貨店がそもそものの舞台です。老店主は小さな町で雑貨店経営の傍ら,趣味で悩み事相談をはじめました。その相談方法とは,相談者から人知れずペンネームで雑貨店の裏口のシャッターの郵便受口に相談内容を記載した手紙を投函してもらうのです。すると老店主は,シャッターの横に設置してある牛乳箱に返事を返すわけです。ここには様々な相談が寄せられてきます。小学生の「勉強せずにテストで百点取るにはどうしたらいいか」という軽いものから「交際している男性の子を妊娠してしまったけれど,相手が妻帯者なので迷っているとか」シリアスなものまでいろいろです。回答は実に真摯であり,その評判からマスコミにも取り上げられ好評でした。
時を経てナミヤ雑貨店も老店主の引退とともに閉店されます。ナミヤ雑貨店はいつしかあばら家となって放置されたままとなっていました。ここにひょんなことから3人組の強盗犯が,逃走途中の隠れ家として潜伏することとなります。ところが,犯人グループの一人が何気なく裏口のシャッターの郵便受口をみたところ,いつのまにかそこに手紙が投函されていたのでした。ついつい封を開けてみるとそれは相談ごとを記載した手紙だったのです。犯人は好奇心と暇つぶしもあってこれに真面目に回答し,何気なく牛乳箱に入れてしまいます。するとあら不思議,再びシャッターの郵便受口に手紙が・・・。こうして奇妙な文通がはじまります。さらに別の相談が投函されます。この相談の手紙,実は過去から届いたものだったのです。一方,相談者にとって返信される回答は未来からの回答なのですが,相談者も回答者もそのことを知りません。ところで考えてみたら,過去からの相談に未来から答えられるのなら,その間に起こった歴史的事実は回答者にとっては公知の事実ですから的確なアドバイスができるのは当然ということになりませんか。さておき,一体全体どういうことで犯人グループの許に相談が届けられるようになったのでしょうか。ネタバレではありませんが実は,すべての相談者と犯人たちとの間には意外な因縁があったのでした。隠されていた因縁とは何か。ラストに向けて次第に明るみになる事実。物語が完結するとき人知を越えた真実が明らかになります。
確かな驚愕と感動,私のように優しい人には涙間違いなしの一冊です(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。