中山栄治「私の一冊」

司法修習生の置土産

加藤嘉一 遠くて近い隣国「われ日本海の橋とならん」ダイアモンド社

今回は,私のもとでこの9月まで弁護修習をしていた北原司法修習生が残していった「私の一冊」をご紹介することとします。司法修習生のことについては,私の一冊(21)(22)の間に番外編として「司法修習生は「私の一冊」を読まなかったのか」の回で詳しく説明していますのでその箇所をご参照ください。北原君は,慶大の法学部,東大のロースクール(既習コース)をストレートで通過して,1回目の司法試験にパスした秀才です。修習修了後は裁判官としてスタートすることとなっています。彼は未だ26歳なのに,誰とでもでも巧くつきあえる社交性に富んでいて,いまどきの若者には珍しく落ち着きを兼ね備えた好青年というのが私の印象でした。彼の栄えある将来を祈念して,以下に彼の置土産を原文まま掲載します。

あなたは「中国」という国にどのようなイメージを持っているだろうか。急激な経済成長を遂げたが,未だに生活水準の低い人々もたくさんいる。観光地で人一倍大きな声で集団行動をしているかと思えば,ニュースでは最先端のビジネスを手がけるエリートがしゃべっている。政治体制も日本と異なっていることは知っているが,今ひとつ内情は掴めない。街に中華料理屋がたくさんあっても,中国で実際何が食べられているのかはよくわからない。このように中国に対しては,何か得体の知れない「鵺」の様なイメージをもっている人も多いのではないだろうか。

私は,中国と言えば中国旅行をしたときのことを鮮明に思い出す。10年近く前のことになるが,大学に入ったばかりの私は,中国語の先生に連れられて湖北省を中心に1週間ほど滞在したのである。海外に行くのが初めてだったこともあるだろうが,とにかく私は見るもの全てに驚かされた。上海の発展ぶりには目を見張ったし,田舎では未だに生肉を露天で売っていたりもした。また,様々な中国人に会うことで中国に対するイメージがかなり変わった。武漢大学の教授には,日本の若者に頑張ってもらいたいという暖かいお言葉を頂いたし,舗装もされていない田舎の子どもたちと英語で会話をしてその屈託のない笑顔に癒しをもらったりもした。

「中国」とひとかたまりで見ていたときにはそこにどのような人々が住んでいるかという点には意識が行っていなかったが,実際に町の「空気感」を体感することでかの国にも「普通の人々」が住んでいることがわかったし,そのような理解を前提として中国関係のニュースを見ると,また違った見方ができるようになるのではないかとも思うようになった。

この本の著者は,日本の高校から北京大学に進学していたところ,偶然テレビのインタビューを受ける機会があり,そこから中国国内での言論活動をスタートさせたという経歴の持ち主である。多数の本を出版し,そのブログは国家主席も見ているという大物であるが,まだ20代後半,私と2つしかかわらない若者である。

『われ日本海の橋とならん』は,そんな彼が,日本の若者に向けたメッセージである。本の内容は,大きく分けると,彼が如何にして中国で発言ができる有名人となったかということと,そのような彼から見た中国の現在である。前半の彼のキャリアについては,私のような僻み者からすれば凄すぎて到底真似できないと思ってしまう内容ではあるが,中国語を覚えるために毎日新聞を暗唱し,ほんの数ヶ月で中国語を習得した等というエピソードからはハングリー精神の大切さを学ばされた。

しかし,一番興味深いのは,そんな彼から見た中国のリアルである。対日問題を,中国の政府は,市民はどのように捉えているのか,チャイナリスクとは一体何なのか。彼なりの観察の結果が,簡潔な文章の中にふんだんに盛り込まれている。中国がどのように日本を捉えているのかを知るだけで,ニュースの見方は大きく変わる。近時は領土問題(我が国には領土問題などないというのが政府見解ではあるが)など,一見すると双方の外向的関係には紛争の種しかないようにも思えるが,紛争にしたくないのが中国政府の本音であるというのが彼の見解である。その理由は是非読んで頂きたい。内容については賛否両論あるだろうが,一つの見解として知っておくに越したことはないだろう。

現在彼は,拠点をアメリカに移し,外から見た中国という研究に着手しようとしているようである。今後も中国問題のオピニオンリーダーとして活躍されるであろう彼の言説には,これからも注目していきたいところである。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。