自衛隊って軍隊?
「空飛ぶ広報室」有川 浩 幻冬舎
本作品は,自衛隊を舞台としたラブコメディです。
我が国の自衛隊はどこからどう見ても軍に匹敵する戦力を備えています。しかし,戦後マッカーサー私案のもとに制定された平和憲法第9条は「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」と規定しています。なので,自衛隊は軍隊であってはなりません。軍という言葉はタブーです。軍のかわりに自衛隊の自という文字をつけて,陸海空軍に対して,陸上自衛隊は陸自,海上自衛隊は海自,航空自衛隊は空自と呼ぶわけです。
正直,反平和的な軍隊として国民には否定的に映る自衛隊ではないでしょうか。
それでも,防衛省は専守防衛を標榜し,国民の理解を得るために広報室を設けています。そして,多額の国家予算を割いて,映画やテレビに協力して国民に親しみやすいようにPRしていたんですね。映画やテレビで映し出される自衛隊によるヘリや戦車,戦闘機,あるいは砲撃シーンご存じですよね。あれは実は,制作するテレビや映画会社のリクエストに応じて,なんと無償の経費自衛隊持ちで出演協力されているんですね。テレビのワンシーンのためにヘリを一度飛ばすだけでも莫大な経費がかかることを考えると大変なことですよね。
さて,作品です。主人公は空自の花形ブルーインパルスのパイロットを目指して入隊した空井大介です。彼は入隊して5年,順調に戦闘機のパイロットになり,29歳にして夢が叶い,曲芸飛行を行うブルーインパルス隊員としての内示をもらいます。そんなある日,不運にも,彼には何らの落ち度のない交通事故に巻き込まれ,右足を負傷します。その怪我も日常生活には支障のない程に回復します。しかし,F-15を駆る戦闘機パイロットである彼の職務を全うするには到底足りませんでした。結果として,彼はパイロットの資格剥奪となり,事務職へと転属となります。
そうして夢たたれた空井に命じられた異動先は市ヶ谷の防衛省本省の航空自衛隊航空幕僚監部広報室でした。広報室で待ち受けるのは、ミーハー室長鷺坂、いつも尻をぽりぽりかくいわくありげな美人の柚木、室長のファンクラブを自称する槙と片山に、空井の指導役でベテラン広報官の比嘉でした。
空井が担当することとなったのは空自PRのためのテレビ局との連絡窓口。一方,テレビ局側を担当するのは意に反し報道記者から番組ディレクターへと配転され,これまた失意にある美人稲葉リカ。彼女は,自衛隊を軍隊と疑わず,何の理解もありませんでした。空井は,意欲的に空自のPRのためテレビ番組を使った企画立案を,リカは無気力ながら空自を密着取材して番組制作を目指します。そんな2人は,何かにつけてぶつかります。ぶつかり合いながらも周囲に支えられ次第に成長していくふたりは,やがて惹かれ合うことになりますが・・・。
なお,本作品は連載もので2011年の初めには完成し,夏に単行本として出版される予定でした。しかし,折しもその準備中にあの3.11大地震が起こりました。ご存知の通り,空自の松島基地も地震に被災して,空港は津波に巻き込まれました。現地のニュース映像で戦闘機がぷかぷか流されていたのを目にされた記憶はまだ新しいかと思います。それで,急遽出版を延期して,あの日の松島基地や震災現場での自衛隊の活動を小説仕立てで盛り込んで,今年の7月の発刊になりました。本作品中,特にあの日の松島はノンフィクションであり,それだけに圧巻で,誰もが感動せざるをえません。
ちなみに震災当時,ブルーインパルスのベースは松嶋基地でしたが,不幸中の幸いで被災しませんでした。たまたま,前日3月10日,九州新幹線全線開通祝いのセレモニーとして,九州で曲芸飛行しており,福岡の芦屋か築城基地あたりに駐機していて難を免れたということです。
最後に自衛隊各隊には,ホントかいなと思わせるような笑える4字熟語による信条があり,それをご紹介します。空自は,勇猛果敢・支離滅裂,陸上は用意周到・動脈硬化,海が伝統墨守・優雅独尊,統幕本部が高位高官・権限皆無,内局が優柔不断・本末転倒です。さていかがでしょうか。ハードカバーの462頁。この一冊で,あなたも自衛隊に対する印象が変わること請け合いです。
作者の有川浩さんは1972年高知生まれの40歳女性です。名前は浩と書いてヒロと読みます。名前の記載からよく男性と間違われるようです。かく言う私もヒロシ,男だと思っていました。ネットでライトノベルを扱う電撃文庫から10年前にデビューしました。著名な作品としては,先頃映画になった阪急電車とか,図書館戦争とかですが,ジャンルとしてはラブコメディが主体です。あとどういう訳か自衛隊を扱ったものが多いです。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。