現代の偉人の資質とは?
佐野眞一 「あんぽん-孫正義伝」 小学館
20年以上前にいわゆるバブルの時代がありました。不動産にゴルフ会員権,金融商品など諸々に対する対する投資,当時は一獲千金のチャンスでもありました。いい時代だったと語り継ぐ人もいます。しかし,多くの場合,バブルがいつ終わるかの見極めができずに,投資家は天国と地獄を経験しました。当時,私は未だ弁護士になったばかりでしたが,空前の好景気というか,世間が浮かれていたことはよくわかりました。ただ,残念ながら私には投資しようにも資金がありませんでしたので,百道の埋め立て地に自宅マンションを購入しただけに過ぎませんでした。もちろん下落しましたが投機目的ではなかったので関係ないですね。
本日紹介する主人公は実在の人物であり,バブルを糧として大きく羽ばたかれた勝ち組の1人であることは間違いないと思います。
孫正義さん,彼は現在個人総資産約6000億円の日本を代表する富豪,ソフトバンクグループの総帥。まさに現代の偉人です。在日韓国人の3世として1957年,日本通称名安本家の4人兄弟の次男として鳥栖市に生まれます。生まれ育ったのは,炭坑の輸送拠点である佐賀鳥栖駅前にあった無番地の朝鮮人部落でした。彼は自宅で生計を立てるために飼っていた豚の糞尿と豚小屋の奥で造られる密造酒の臭いのなかでその幼少時を過ごします。後にパチンコとサラ金経営で財をなした父親の庇護のもと,経済的に恵まれ教育環境を考慮して転居,福岡市立城南中学,久留米付設高校に進学します。が,自らの希望で1年足らずで高校を中退。単身アメリカに渡ります。当時,彼は坂本龍馬に憧れていたといいます。そして,渡米後は,語学学校を経てハイスクール(わずか3週間の在籍),カレッジを飛び級でパスしてUCLAのバークレー校の経済学部3年に編入し,ここを卒業します。
あのアップル社の創業者で昨年56歳で亡くなったスティーブ・ジョブズ氏とは大学時代に知己を得て互いに刺激し合う仲であったといいます。学生時代に自ら開発した自動翻訳機をシャープに1億円で売り込み,これを元手にアメリカでソフトウェア開発会社のユニソンワールドを設立,当時日本で流行していたインベーダーゲームをアメリカに輸入して一儲けします。
81年帰国して,若干24歳にして福岡市の雑餉隈で,現在のソフトバンクの前身となる日本ソフトバンクを設立します。2年後,慢性肝炎で闘病生活に入りますが,86年に復帰してからは怒濤のような勢いでIT及び通信分野に進出し,ついにはドンキ・ホーテのごとく巨大企業NTTドコモに挑みます。90年に日本に帰化。その後も現あおぞら銀行を買収するなど経済界において型破りに勢力範囲を拡大。福岡では,ダイエーからホークス球団を買収しますが,これは野球好きのお父さんの希望だったともいわれています。
彼は,あの東日本大震災に際して義捐金として,個人で100億円,企業で10億円もの寄付をしたことで世間の度肝を抜きましたが,何とこれに加えて,今後彼が引退するまでソフトバンクグループの代表として受け取る報酬の全額を寄付することを表明しています。そして,生涯をかけて原発に反対し,これに代わる自然再生エネルギーの普及をめざすと明言し,公益財団法人まで設立しています。
と,こんな風に幕末の偉人に比肩しうる人物評が多く,彼のことを称え,伝記として書物化されているものも少なくありません。しかしです。人のことを褒めるどころか,批判しかしないような著者佐野眞一にかかればそうはいきません。彼はかの孫さんのことをいきなり,いかがわしいと言います。ただ,そのいかがわしさが孫さんの魅力でもあり,佐野さんの取材執筆の原動力となったといいます。まさにそのいかがわしさの根源を探る,それが佐野さんの本書のテーマでした。自ら孫さんの故郷韓国の地方都市を何度も訪れ,孫さんの両親はもちろん,取材申し入れをかたくなに拒絶する孫さんの親族にねばり強く接触し,多くの親族から事情聴取するなど徹底的な取材を重ね,孫さん自身ですら知らなかった多くの事実を調べ上げ書にします
ご存じのとおり,悪しき日韓併合によって,以来終戦まで,朝鮮半島は日本の植民地となり,韓国の人々はいわゆる創氏創名令により韓国人本来の名前ではなく,日本名を名乗ることを強制されます。たとえば孫さんで言えば「孫正義」ではなく日本名「安本正義」となります。孫さんは帰化した後も,強いこだわりがあって,帰化した後の日本人として氏名を「安本」ではなく韓国名の「孫」そのまま名乗ることを希望しましたが,日本の帰化当局(法務省)は,これを拒絶しました。在日韓国人が帰化した際は,それまで通称名としていた日本名を帰化後の氏名とさせるのを通例としてきたからです。それなのに,孫さんは苦心を重ね韓国名をそのまま日本名とすることに成功しました。詳細は本書に譲ります。ただ,表題の「あんぽん」とは孫さんの日本名だった「安本」を音読みしたもので,孫さん自身そう呼ばれることを酷く嫌っていたと言います。
さていかがでしょうか。ベンチャービジネスの旗手といわれたリクルートの江副浩正さん,ベンチャービジネス界の風雲児ともてはやされたライブドアのホリエモン,彼らはいずれも塀の中に消えていきました。ことにホリエモンは孫さんの久留米付設高校の後輩にもあたります。孫さんは違います。なぜ孫さんは一代で巨万化の富を築き得たのか,この偉人の正体を本書から探ってみませんか。
作者は1947年東京都出身,早大第2文学部卒業。出版社編集者を経てフリーのノンフィクション作家となる。かずかずのノンフィクション賞を受賞している(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。