中山栄治「私の一冊」

こんな弁護士ってありですか

法坂一広 「弁護士探偵物語・天使の分け前」宝島社

作者(ペンネーム)は福岡の現役弁護士です。この作品が初めての小説です。これで宝島社の新人登竜門である第10回「このミステリーがすごい大賞」を受賞しました。応募当時の元題は「エンジェルズ・シェア」,受賞決定時が「懲戒弁護士」と変遷しました。受賞後,選考委員からかなりの書き直しをさせられて,タイトルも冒頭へと再々変更になったとのことです。ちなみに今回の応募作品394作もあったそうで,それだけにすごい強運の持ち主とも言えるでしょう。さて作品ですが,タイトルのとおり弁護士が犯人捜しをする探偵小説です。

探偵小説といえば,その黎明はご存じ,レイモンド・チャンドラーの作品に登場する私立探偵フィリップマーロウですね。チャンドラーは,ハードボイルドの走りでもあるわけですが,本作品もとことんハードボイルドタッチです。チャンドラーを意識したというか,チャンドラーを愛読した方ならすぐわかりますが,端々でパロディーと言えそうな台詞続出です。文体は「私」を中心として一人称で,ひとつひとつの文章がごく短く切られています。それでいて,比喩的で主人公をしてここまで言わせなくてもねえと思うくらい軽妙,減らず口を叩かせるのです。例えば,初対面の女性に対して軽口ですぐに誘いの言葉をかけるとか,現実には,こんなんありえんやろと信憑性を左右するくらいやりすぎの感もあります。あと欲を言えば,作品中,色ものの場面がほとんどありません。まあ,初めての小説ですし,そこら辺はハードボイルドだからということであきらめましょう。

さて作品です。主人公の「私」は当番弁護士として刑事責任能力に問題のある容疑者の殺人事件を担当することになります。容疑者は,母子の死体をナイフで傷付けているところ逮捕されたのでした。しかし,面会した「私」に対して容疑者は,蘇生のため心臓を直接マッサージするために体を切ったことは間違いないけれど,母子2人を絞殺したとされる犯行のことは,「記憶がない」と言います。どうみても有罪確実という一丁上がりの殺人事件のはずが,杜撰な関係証拠から私も次第にクロからグレーとの心証を持ちます。ところが,被告人は捜査官により自ら犯行を認める旨の自白調書を取られてしまいます。オマケに,第1回の裁判の罪状認否において,検察官から朗読された公訴事実に対して,「間違いありません」と有罪答弁をしてしまう始末です。これに反し,「私」は法廷で被告人の無罪を主張します。このことから,裁判官及び検事により「被告人が認めているのに弁護人が否認するとはどういうことか」と非難を受けます。そんなこんなで,「私」は行きがかり上,通常許される範囲を超えた弁護活動をしてしまいます。結局,「私」は国選弁護人をクビになるだけでなく,弁護士会から業務停止1年の懲戒処分を受ける羽目になります(業務停止とは,弁護士バッチを業務停止の期間中返上して事務所の看板を下げて一切の弁護士業務を停止すること)。

このあたりの回想シーンは,作者が現役弁護士だからこその迫真性と,刑事事件における司法と検察のなれ合いを風刺する活き活きしたものに仕上がっており,痛快であり惹きつけられます。

懲戒弁護士となった「私」は業務停止中,アルバイトとして探偵事務所の手伝いをします。そこで,亭主の素行調査を依頼する美女に会い,ひょんなことから業務停止明け後にその女性の離婚事件を担当することになります。ここからが新たな事件というか,第2の不幸のはじまりです。件(くだん)の「私」が担当していた被告人は,「私」とは別の弁護人の弁護活動により,刑事責任能力なしとの理由で,精神病院に強制入院させられていました。ところがその人が,なんと死体となって,「私」の法律事務所で見つかります。「私」は四の五の申し開きをしない容疑者として逮捕されます。逮捕に引き続き勾留されますが,なんと接見に来た弁護人の選任を拒みます。果たして「私」は濡れ衣をはらすことができるのか。事件の真犯人は誰なのか。と,ざっとそういうストーリーです。当然,ラストでは一応というか,落着するわけですが,物語自体,また終わり方自体からして,違う事件発生ということで続編がありそうで,さらにシリーズ化しそうな雰囲気です。

オマケとして巻末に便利な弁護士の業界用語の解説がついており,これがまた笑わせます。

最後に,キャリアだけは先輩弁護士という立場を活かし,この本を読んだ後,私から法坂さんに電話してお話を伺いました。今は発刊したばかりですので,サイン会に行ったり,テレビやラジオに出演してPR活動に忙しいそうです。法坂さん曰く,「選考委員などに言われて,札幌を舞台とした東直己さんの探偵小説を読みました。こちらは福岡が舞台ですが,年内には続編を書きたいと思いますのでよろしくお願いします」とのことでした。ただ,残念ながら法坂さんが大賞の賞金1200万円で如何に豪遊したのか聞きそびれてしまいました(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。