中山栄治「私の一冊」

自閉を知ろう

赤崎久美「ちづる」娘と私の幸せな人生 新評社

古くて申し訳ありませんが,20年以上も前にアカデミー賞となった,トム・クルーズとダスティン・ホフマン主演の映画「レインマン」を覚えておいででしょうか?兄レインマンをダスティン・ホフマンが演じています。トム・クルーズは弟役で兄の信託財産を狙うという役どころでした。レインマンは自閉症ですが,電話帳を少し見ただけで番号をすべて暗記してしまうという高い知能を有していました。

今回ご紹介する作品は,自閉症である赤崎千鶴さん,ちいちゃんといいますが,現在21歳,とその母久美さんの「幸せな人生」をテーマにしたノンフィクション作品です。作者の赤崎久美さんは,筑紫丘高校,九州大学出身で,赤崎さんの同級生が偶々私の友人という縁で,この本を頂きました。これって劇場公開の映画にもなっていたんです。福岡では,マイナーですが,KBCシネマで上映されてました。私も読んだあとで早速,観てきました。観るまえの予想では,たぶん号泣で恥ずかしい思いするんじゃないかって,ハンカチを準備して万全で臨みました。映画はここ一年間のちいちゃんとお母さんの日常生活に密着して,楽しくて,時には涙ぐんでしまいそうに大変そうな,でも明るい毎日を切り取っています。実は,映画を撮ったのはちいちゃんのお兄さんで,彼の大学,立教大学だったんですが,その卒業制作作品として映像化されたものだったのです。それが,彼の指導教授のススメもあって,大学内での上映会となり,NHKにも取り上げられ,あれよあれよという間に,反響を呼び全国劇場公開となったんだそうです。特に,ちいちゃんのお母さんの出身地である福岡では,たくさんの方が足を運んでくださったとのことです。

ところで,自閉症という病気は,コミュニケーション能力に困難が生じる発達障害のことですが,自閉症の人は見たり,聞いたり,感じたりすることを一般の人のようにできないのです。そのため,一般の人が通常する方法での話し言葉や身振りを用いたコミュニケーションが困難なのです。そのうえ,自分の周囲の状況を十分に理解できずに,大変な不安や混乱からパニックを起こしてしまうことが多くあるのです。ただ,件のレインマンのように,知的レベルでは正常でとても知能の高い方もいるのです。映画のように自閉症児だけを収容している専門の施設があって,生涯をそこで過ごされる方も少なくありません。医学的には,自閉症は原因不明の先天性の脳機能障害だというのが定説です。日本では,1000人に1~2人の割合で発症しているとされています。現代医学では,残念ながらまだ治療法がありません。

赤崎さんは,結婚して横浜で暮らし,夫,長男,長女の4人家族で専業主婦をされていました。ちいちゃんが普通の子と違うのではないかと感じ始めたのが,生後9ヶ月の頃。ちいちゃんに笑顔が見られなくて,赤ん坊らしくないように感じられたんだそうです。歩き始めてからもちいちゃんにほかの幼児とコミュニケーションしようとする意欲は感じられませんでした。医師を転々として尋ね,2歳になるまえに「発達遅滞を伴う自閉症」と診断されました。赤崎さんは,その頃から日記をかねて自らのホームページやブログにちいちゃんのことを書きはじめていました。これらに,今回新たに書き加えてこの一冊となりました。内容は,ちいちゃんの幼少期にはじまり,保育園,養護学校の小,中,高等部での成長ぶりと,ひやりとすることもある様々なエピソードの数々。はじめてママと呼んだ4歳,やがて迎えた思春期,ちいちゃんの高等部入学。芽生えはじめた笑顔。しかし,そんな中の2006年,ちいちゃんのお父さんは,帰宅途中に乗車中のタクシーの交通事故により突然亡くなります。ちいちゃんはお父さんの死をどう感じ取ったのか,涙はありませんでした。やがて,お母さんはちいちゃんと話し合い,故郷福岡への転居することになります。この本には,微笑ましくなる家族の写真が随所に掲載されています。決して暗くなるような本ではありません。著者曰く,幸せなことも,数えれば,きりがないほどたくさんあるんだそうです。

さて,いかがでしょうか。普段安穏と生活している私にとっては,非日常的な現実が日常として存在することをまざまざと感じました(了)

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。