大人の流儀はユーモアいっぱい
伊集院 静 「大人の流儀」「続大人の流儀」講談社
今回ご紹介するのは,私の大好きな作家の1人である伊集院静さんです。彼は,幅広く,数多くのおもしろい小説を書いているのですが,紹介するのは小説ではなくて,エッセイです。このエッセイを読まれるにあたって,是非知って頂きたいのが作家伊集院静さんご本人についてです。まずお詫びします。伊集院さんにとっては存在すらも知れていない,一読者に過ぎない私が彼のことをかく言うのも失礼極まりなくて申し訳ありません,心からお詫び申し上げます。さあ言わせて頂きます。でも,たぶん,きっとこの方はとんでもないわがままで無頼漢です。誰でもこのエッセイを読んで頂ければすぐにわかります。一人称で作家自身が感じられたことを書いているのですが,私は言いたい。「伊集院さん,あなた一体何様なの,ここまで言う権利があなたにあるんですか」「本当にこんなこと言ってあとで問題になりませんか」,と腹を抱えて笑い転げたくなるような痛烈な発言及び表現がぞろぞろ出てきます。彼は,1950年山口県防府市生まれ。比較的裕福な家庭に育ち,野球少年でした。少年時代,弟さん海の事故で亡くされています。高じて美術大学を志望します。その頃,縁あって,あのミスター長島から「野球をするなら立教に行きなさい」と無責任なお言葉を頂きます。この一言で彼は立教に進学し野球をすることになります。プロの道は閉ざされます。卒業後は,持ち前の美術センスを活かして広告代理店に勤務します。CMディレクターとして後に彼の妻となったあの夏目雅子を発掘するとともに,ユーミン,松田聖子,和田アキ子など数多くのコンサートやファッションショーのディレクターを務めたりします。夏目雅子さんとの数年間に及ぶ交際が発覚し,広告代理店を辞めて,彼女と結婚。残念ながら夏目さんは結婚して,1年足らずで急性骨髄性白血病でしたが27歳の若さで亡くなります。現在の医学なら骨髄移植で助かったはずです。とまれ,彼は作詞も手がけマッチこと近藤真彦が歌った「ギンギラギンにさりげなく」「愚か者」はレコード大賞の最優秀新人賞と大賞を取りました。文筆活動としては,81年に作家デビューです。後述するように数多くの賞を受賞しています。先ほど無頼漢と言いましたが,交友関係も凄いんですよね。あの居眠り先生こと麻雀放浪記で有名な阿佐田哲也(作家名色川たけひろ)さんを師として仰ぎ,自らも旅打ち(開催日を追って全国の競輪場を転々と旅するなど)をするギャンブラーでした。いわゆる飲む,打つ,買うすべてOKです。ついでに,ゴルフの腕前もすごくて,ゴルフの聖地スコットランドを巡って,数々のゴルフ場を写真集にしていたりします。井上陽水やメジャーリーガーの松井秀喜との親交も深いようです。
こんな彼のエッセイですが,それぞれに春,夏,秋,冬,風,花,雪,月のお題のもとに綴られています。2冊全部で75題です。例えば「鮨屋に子どもを連れて行くな」では,鮨屋で隣にいた子どもが,「トロ,さび抜きでお願いします」なんて言おうものなら,頭をひっぱたいてやるのが大人の務めだそうで,ほおっておいたらこんな子どもはろくな大人に育たないそうです。「女性がゴルフをするときの心得」では,女性はラウンドの際どんな服装がふさわしいとか,クラブ数本持って走らなければなりませんかなどという疑問に答えます。「カラオケが下手で何が悪い」では,マッチの前で「ギンギラギンに・・・」を自慢の歌声で披露したところ,マイクをおいたら未だ曲が延々と流れ続けていて,マッチから「下手ですね」と言われたとか,
「受験エリートに足りないもの」「遊びだからこそいい加減にしなさい」「大人が結婚式で言うべきこと」スピーチは短く端的に。「料理店と職人に一言申す」「自分さえよければいい人たち」「大人が口にすべきでない言葉がある」「銀行家にハッキリ言っておく」「エリートは被災地に行かないのか」「幸福のすぐとなりに哀しみがあると知れ」「大人にも妄想が必要だ」「女は不良の男が好きなんだよ」「若い修行の身がなぜ休む」「相撲取りに社会常識を求めるな」これは極めつけです。「高収入のスポーツ選手がそんなに偉いのか」「男は死に際が肝心だ」などなどです。
なお,2冊の本の巻末にオマケのお話しが付いています。
本編では作者と亡夏目雅子さんとの出会いと別れについて書かれています。出会い,発病から別れ,その後に至るまで,「そうだったのか」と思いました。
続編では仙台市在住の作者が自ら東日本大震災を体験したリアルタイムの記録をまざまざと綴っています。たまたま,補強をかねた改築工事をしていたので,家の半分は無事だったこと,家人が近隣の炊き出しに参加したこと。作者が東京まで買い出しに行ったことなどなどです。
オマケ部分だけでも大変興味深く読めました。最後によけいなお世話ですが,彼は女優の篠ひろこさんと結婚をして仙台在住です。といってもあちこち飛び回っていて,仙台には年に数ヶ月もいないそうですが。本編189頁・続編188頁併せても380頁足らずです。存分に楽しんで頂ければと思います。
91年「乳房」で吉川英治文学新人賞,92年「 受け月」で直木賞,94年「機関車先生」で柴田錬三郎賞 ,01年「ころころ」で吉川英治文学賞を各受賞している。作家の西山繭子は実娘。ペンネーム「伊集院静」は広告代理店の社長が「はいからさんが通る」という漫画から拝借したものを押しつけられたという(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。