中山栄治「私の一冊」

元気の出る痛快娯楽作品です

池井戸 潤  「下町ロケット」 小学館

読者の皆様お久しぶりです。6ヶ月の充電期間を経ての執筆です。あれから6ヶ月の間に,いろいろ何かあったわけもなく,変わらずその日暮らしをしていました。

動きがあったといえば,現在,私の一冊はラジオ出演しています。ことの次第は以下のとおりです。

私は毎朝ジム通いをしているのですが,ジムでマシン相手に走るときは,マシンの書見台に本を載せて,走りながら読書しています。休憩を挟んで1時間は走りますので,ハードカバーで100頁くらいは読めます。ジムの朝は大体いつもの変わらないメンバーがいますが,私は人見知りするので,誰とも言葉を交わすこともなく,この2年間特に誰ともお話しする機会もなく,たくさんの本を読んできました。そんなある朝のこと,顔を合わせば挨拶程度を交わす仲の70を超えたと思われるいつもの白髪のお洒落なおじいさんから声を掛けていただいたのでした。「何を読んでいるんですか」と・・・。当然,読書談義がはじまり,話しのついでに私のこのコラムのことをお話ししましたところ,それも見ていただいて,話に花が咲きます。そのおじいさんがおっしゃるには,「私の番組に出てみませんか」と,えっ,???。ちなみに職業として私が属しているのは法曹界です。そのおじいさんは地元放送界に属し,師匠と呼ばれてかの有名な,栗田善成さんだったのです。知らなかった非礼をお許しくだされということで「はい,いいですよ。」と,こんなひょんな縁でラジオに進出です。  番組は,KBCの平日お昼12時からオンエアされている「まいど栗田商店です」。私は,隔週木曜日の12時半過ぎくらいから約10分間の枠で生出演しています。「本日の棚卸し」という枠ですが,その名も「弁護士中山の私の一冊」です。次のオンエアで4回目ですが,明日8月25日の12時半過ぎくらいからです。いつ打ち切りになるのか全く未定ですが,趣味で出演しているものですので何ら問題ありません。お暇のある方は,是非どうぞ。

さて作品です。本作品は第145回の直木賞を受賞しました。

文学賞にはほかに,純文学の新人に与えられる芥川賞をはじめとして,サスペンスの登竜門である江戸川乱歩賞やらいろんな賞があります。直木賞は,43歳という若さでなくなった直木三十五という作家を記念して,1935年,当時,親交の深かった文芸春秋の社長菊池寛が芥川賞とともに設けた文学賞です。現在は,年に2回,中堅作家の大衆作品の中から最優秀を選考して受賞し,正賞として懐中時計,副賞として賞金100万円が送られます。この賞の特徴としては,作家による応募形式ではなく,既に発表されている作品の中から,候補作品が出版社により選出され,これを9名の名のある作家さん(浅田次郎,伊集院静,宮部みゆき,林真理子,渡辺淳一ら)からなる選考委員会によって選出するということです。そして,栄えあるノミネート作品の作家さんは受賞決定当日,一日千秋の想いで,出版社の担当者とともに,当落の結果の連絡をひたすら待たなければなりません。受かれば天国で祝勝会気分で飲み歩きですが,滑ったら滑ったで残念会で酔いつぶれです。何度もノミネートされては落ちるという経験を繰り返すと,その過程が嫌で嫌で,俺はもう直木賞なんて要らないというというのであれば,はなからノミネートされるのを辞退することができます。過去ではあの映画化もされた「ゴールデンスランバー」の伊坂幸太郎さんが辞退していることで有名ですね。

ところで「下町ロケット」の作者の池井戸さんは凄いですよ。慶応大学卒業後,都市銀行に勤務,転じて経営コンサルタントの傍ら,作家を志望して98年に銀行小説である「果つる底なき」でいきなり江戸川乱歩賞受賞で,作家デビュー。その後,いわゆるゼネコンの談合を扱った「鉄の骨」で吉川英治文学新人賞まで受賞します。今回の直木賞で名実ともに実力派流行作家の仲間入りです。

下町ロケットです。ストーリーはこうです。その名のとおりロケット,宇宙ロケットを作るんです。主人公は下町の町工場佃製作所の社長佃航平です。航平はもと,国のロケット開発プロジェクトにエンジン開発の技術者として携わっていました。ところが,100億円をかけた種子島宇宙センターでの実験衛星打ち上げに失敗,その責任を取って職を辞し,東京の下町で町工場を経営する父親の跡を継ぐことになります。佃製作所,資本金3000万円,従業員200名,年商100億の町工場とはいえ,精巧な技術力を持って小型エンジンとその関連部品を製作していました。ところが,巨大企業ナカシマ工業から特許訴訟を吹っ掛けられます。佃製作所のエンジンがナカシマの特許権を侵害しており,90億円もの損害賠償を求められたのです。訴訟に巻き込まれる中,エンジン関連の売り上げは落ち込み経営危機に陥ります。しかし,実はこの訴訟にはウラがあったのです。その真の狙いとはなんなのか,巨大企業とその顧問弁護士が組んで仕掛けるダーティーかつ巧妙な手口には,本当にこんなのありかと興味深いものがあります。対する佃製作所も守るだけではありません,特許専門弁護士を立てて,逆に訴訟を起こし,訴訟合戦の様を呈します。まずはこの訴訟の顛末だけでも十分楽しめます。

さて,そんななか,国から民間委託を受け大型ロケットの製造開発を一手に引き受けていた帝国重工業が開発するロケット部品であるエンジンバルブのノウハウが,既に航平が開発した特許として登録されていたことが判明します。つまり,帝国のロケットは航平の特許がなければ飛ばないのです。帝国重工業は,佃製作所のちっぽけなエンジンバルブの特許権に20億円の値を付けて譲渡の申し入れをします。航平は,会社の窮地のなか,その建て直しのため,これを受け容れるのか。この巨額のオファーを巡り,佃製作所は賛否両論,ちょっとした内部紛糾が起こります。そして,やがて会社にも幸運の女神が微笑みます。

果たして,航平の夢を乗せた帝国重工業の国産大型ロケットは飛ぶのか。打ち上げはまた失敗してしまうのか。ストーリーの展開が小気味よく,例えば,それまで佃製作所の経理状況に不安を示し,融資を断っていた銀行が,一転して融資を持ちかけて来るのを,逆に航平が一蹴してしまうシーンなんてのは痛快の一言です。ついつい引き込まれてしまいます。

なお,本作品は,WOWOWで連続ドラマ化しており,全5回で去る8月21日の日曜に第1回が放映されています。キャスティングは,主役佃製作所の社長が三上博史で,対する帝国重工業の開発部長に渡辺篤郎,佃製作所をバックアップする特許弁護士に寺島しのぶです。

東日本大震災後,落ち込んでいる中小企業に夢を与えるドラマ,オススメの一冊です。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。