中山栄治「私の一冊」

限りある水を大切に!

真保裕一 「ブルー・ゴールド」 朝日新聞出版

海や河川が存在し,多様な生命体の存在する太陽系唯一の水の惑星地球。大気圏外から見た地球が青いのは,これら水によるものであることは余りにも有名ですよね。私たちは毎日,当然のごとく水を飲み,あらゆることに利用し消費しています。日本では安定した降水量により水に恵まれており,切実な水不足問題はほとんどないといってもいいですよね。

ところで,地球上の水の97%は海水によって占められています。しかし,海水を科学的に淡水化することは,費用が嵩むため,一部の離島を除き,私たちは海水ではなく淡水をそのまま利用しています。ちなみに,淡水のほとんどは氷河や氷山状態であり,現に利用されているのは,湖,河川水,地下水であり,水全体の1%にも満たないのです。こうしてみると,水が貴重であることが浮き彫りにされてきますよね。もちろん,水は太陽エネルギー等により,蒸発・降水・地表流・土壌への浸透などを経て地球上を絶えず循環しますので,完全に失われることはないものと考えられています。ただ,水の分布には偏りがあり,一定の地域では圧倒的に不足しており,この瞬間にも,全世界で約10億人もの人々が飲み水にさえ困っているのです。また,全世界における水の使用量は年々増加しており,近い将来には,水は量と質の限界を迎えるとさえ言われています。ちなみに,人類の現在の水の使用量の約7割が農業用水,約2割が工業用水,約1割が生活用水だそうです。もっと身近にみれば,生活用水について日本の家庭を例にとれば,使用量は多い順にトイレ,風呂,炊事となっています。さらに,東京都では1日1人あたり約250リットルを使用しているとの統計があります。

石油を代表するエネルギー資源,レアメタル,情報とIT産業。さらに,いま多国籍企業が利益産業として目を付けているのが「水」,レアメタルならぬレアウォーターなのだそうです。

水に関する商いと言えば,ペットボトルで売られている美味しい水は日常身近にありわかりますが,ここで利益産業といわれているのは,規模が違い,より大きく水道事業のことをいいます。日本では水道事業は,上下水道ともに地方自治体が担っており,一部管理業務を民間に委託しているケースはあるようですが,生活必需品の水について,国民に過度の使用料を負担させることは出来ませんので,自治体の事業としては赤字を余儀なくされているのです。もちろん,この赤字分は税金で補なわれていますが。しかし,海外では水道事業の民営化が進んでいるところもあるのです。特に発展途上国では,水道事業について,国が担う力量がないために前記多国籍企業に依存して,これら企業に利益を保証して参入を認めているのです。つまり,多国籍企業は利益が生じるように事業計画を立て実施するわけですが,さらに赤字が予測されれば,事後的に安易な水道使用料の値上げを政府から保証されて利益を確保できるのです。ビジネスとして成り立つ所以です。この場合,水道料値上げにより疲弊するのは利用者である国民になりますが・・・。

本書は「水」,それも地下水を巡っての商社間の攻防を描いたものです。巨大商社葵物産社員として入社4年目の藪内は,ジャカルタでの発電施設のプラント工事受注合戦において,上司の命じるまま違法なリベート(賄賂)を供与し,官憲に発覚。結果,受注合戦に敗れる。藪内は責任を取らされ,いきなり関連会社に出向させられる羽目に。しかもそこは,ごく小さなコンサルタント会社だった。コンサルタント会社を率いるのは,もと葵のトルネードと呼ばれ業界筋で怖れられていた伊比だった。葵物産は,伊比のもとに藪内をスパイとして送り込もうとしていたのだった。そんな狙いを知ってか知らずか,藪内が出向先で伊比から命ぜられた初めての仕事は,豊富な地下水を必要とする精密機械企業の新工場建設のための用地確保だった。成功すれば2000億近い受注に繋がるビッグビジネスだ。用地確保のため,酒造会社の敷地を奪おうと,策を講じ同社を買収,清算へと追い込もうとする伊比。ことは順調に進むかに見えたが,想定外の妨害工作が入る。予定用地が汚染されていることがリークされたのだった。敵の正体は見え隠れしてくるが・・・。その妨害の真の目的とは何か。謀略,告発,伊比を取り巻く過去に果たして何があったのか?

本書は,会社の利潤追求のためには,国を動かす策まで講じる巨大商社の実体の一面(?)を暴露する興味深い社会派サスペンスとなっています。ラストに向けて次第に謎解きされ,どんでん返しの繰り返しが何とも言えません。

作者は1961年東京都生まれ。千葉の県立高校を卒業後,アニメ制作を目指し数回の入社試験を経てシンエイ動画に入社。テレビアニメ「笑ゥせぇるすまん」のディレクターを担当,勤務の傍ら91年「連鎖」で江戸川乱歩賞を受賞して作家デビュー。95年織田裕二と松嶋菜々子主演で映画にもなった「ホワイトアウト」で吉川英治文学新人賞受賞。96年「奪取」で山本周五郎賞及び日本推理作家協会賞のダブル受賞。06年「灰色の北壁」で新田次郎文学賞受賞。作風はミステリに留まらず,エンターテイメント全般に及ぶ広さがあり,年に1,2冊を発表している流行作家のひとりである。07年から10年にかけてアニメ「ドラえもんのび太の新魔界大冒険」ほかドラえもんシリーズ2作について脚本を手がけている(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。