何が秘密だったのか!
東野圭吾 「秘密」 文藝春秋
倉木麻衣の10年くらい前のヒット曲に「Secret of my heart」というのがあります。「・・・♪私にも言えないことがまだひとつだけある・・・♪あきらめるくらいなら信じて・・・隠せないこれ以上・・・Cause Ilove you♪」。秘密といえばこの歌詞を思い出し,年甲斐もなく切なくなります。この詩を書いた当時,彼女はまだ16歳だったといいますから,本当に彼女作なら凄いというほかありません。
一般的に,秘密といえば,人に知られたら恥ずかしいとか,やばいとか,負の要素とかマイナスのイメージが強いように思いますがいかがでしょうか。誰にも人に知られたくないことの一つや二つはあると思います。それは肉体的なことであったり(凄いでべそとか,カツラを使用しているとか),プライベートなことであったり(妻子があるのに付き合っている人がいるとか),経済的なことであったり(人に言えない借金がたくさんあるとか,逆に宝くじの1等に当選したとか),なかには,このまま墓まで持って行こうとさえ思っていることさえもあったりします(これは自分のことではなく,知人の究極の秘密であったりします)。これらのうち多くのことが,それがバレたところで,他人にとってみればなんということもなかったりするものですが,秘密を保持している本人にとっては純粋主観的にヒ・ミ・ツなのです。
一度,「あなたにとって秘密とは」をテーマにして書き物をしてみるとオモシロイかもですね。
さて,作品です。平助(39歳)の妻直子(36歳)と小5の娘藻奈美(モナ11歳)のふたりは,乗り合わせたスキーバスの転落事故に遭遇し,車内にいた55名の乗客乗員の半数以上が死亡する。直子も死亡し,モナは奇跡的に生還する。しかし,病室で意識を回復したモナの身体にはモナその子ではなく,直子が宿っていたのだった。直子からこれを打ち明けられ驚愕する平助。平助は賢明に調べてみた。脳の仕組み,超常現象,魂の入れ替わり,人格の転移,憑依とも言うべきか。ありえないはずの現象は過去現実に起こっているらしい。例えば,インドである少年が天然痘に斃れるが,奇跡的に生還した。ところが彼は全くの別人格になっていた。ほぼ同時期に死亡した少年の霊に乗り移られていたようなのだ。少年は死んだ少年に関することを熟知していた。その状態が2年間続き,彼の本当の人格が戻った。エクソシストではないが,他にも類似のケースはあるらしい。図書館で資料を調べ当てた平助は,これと同じことがモナに起こったものと考える。そうすると,今の状態が続いた後,いずれ愛する妻直子の人格は消え去り,愛する娘モナが蘇るということになる。世間から見れば父娘以外の何者でもないが,このふたり,家庭では夫婦であり,娘は妻直子であり,外に出れば妻は娘モナでなければならない。この猟奇的な関係が世間に対する一つめの秘密である。
しかし,予期に反し直子の精神が宿った小5のモナは,次第に成長していくのだ。大人の精神年齢を持ったモナは,思春期を迎え,淡い恋をする。これを直子の浮気と考え,許せない平助。モナは娘であって妻なのである。ある日,モナの肉体を持った直子はこのジレンマを解消すべく,夫婦として平助にセックスを持ちかける。もちろん,平助は動揺する。精神は妻直子であっても,肉体は血を分けた実の娘モナなのである。果たしてどうなるのか。
時は流れ,成長したモナから直子は消えず,中学,高校受験をパスして医大を目指す。そんな,直子と平助には,事故直後からふたりだけの秘密があった。これが二つめの秘密である。しかし,その秘密にはさらなる秘密が,直子により重ねられていたのだった。解き明かされる究極の秘密とは?思いやり深い感動のラストを是非楽しんでください。
小学生なのに,直子は平助の妻であり主婦だったので,炊事洗濯何でもこなせます。精神年齢が高いので,学習能力は高くなり成績は優秀になります。娘なのに平助に対して妻として口を出します。平助もモナの中に妻直子がいる限り,見合い話に乗ろうとしません。想像してみてください。この変な関係がとてもおもしろいんです。さすがに,プロたる作者は実に矛盾なく旨く描いています。
本を少し読む人に,東野圭吾といえば知らない人はいないと思います。私にとって,本作品が書店で手にした初めての東野作品でした。12年前のことです。それ以降,新作はすべて,旧作も文庫本で読み漁りました。まさにテーマさえ与えられれば何でもかける天才作家だと思います。でも,私にはこの作品が彼の原点であり傑作だと思います。この作品は,平助小林薫,モナ広末涼子,直子岸本加世子で映画化され,当時女優の頂点に近かった広末のおかげもあり,ヒットしました。両主演は,日本アカデミー賞の優秀主演男優賞・優秀主演女優賞を受賞しています。さらにまた現在,連続テレビドラマ化され,放映中です(平助佐々木蔵之介,モナ志田未来,直子石田ひかり)。
作者は1958年大阪市生まれ。大阪府立大工学部電気工学科卒業。デンソーに技術者として勤務する傍ら推理小説を書き始める。85年「放課後」で江戸川乱歩賞受賞,作家デビュー。しかし,なかなかヒットに恵まれず,しばらくは各賞にノミネートはされつつも受賞に至らず,99年になって本作品でブレイクし日本推理作家協会賞,06年「容疑者Xの献身」で直木賞,本格ミステリ大賞をダブルで,08年「流星の絆」で新風賞をそれぞれ受賞している。09年からは日本推理作家協会の理事長を務めている。現在独身といいますので,きっと,とてももてるんでしょうね,ほぼ同い年としてうらやましい限りです(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。