中山栄治「私の一冊」

やっぱりハードボイルド

東 直己 「残 光」 ハルキ文庫

「私の一冊」(1)でも取り上げたハードボイルド。ハードボイルドっていったい何だろう?いまいちはっきりしないですよね。なので,また調べてみました。ハードボイルドは,「エッグ」をつければわかりやすく,直訳すれば固ゆで玉子のことをいいます。そういえば,荻原浩著の「ハードボイルドエッグ」は,どういうわけか動物探しの依頼ばかり来る,ハードボイルドを目指す自称探偵のずっこけ物語でしたね(笑)。

ハードボイルドは,小説の世界では,感情や恐怖など感情に流されない,冷酷非情,精神的肉体的に強靱で妥協しない人のことをいうそうです。また,文芸的には,反道徳的・暴力的な内容を,勧善懲悪的な批判を加えず,客観的で簡潔な描写で記述する手法・文体のことをいいます。ありていに言えば,主人公は一定の正義感を持ってはいるが,目的のためには手段を選ばす,平気で反社会的な行動をするし,場合によっては暴力,殺人だって肯定してしまうのです。それでいて,主人公が必ずしも勧善懲悪的に死ぬわけでもなく,官憲に捕縛されることもないのです。主人公並びにストーリーもわがまま勝手で痛快・猛烈にかっこいいのです。ミステリ作品にハードボイルドが付きものなのはご存じのとおりです。

チャンドラー定番の私立探偵フィリップ・マーロウや本作品の榊原健三のようにハードボイルドな生き方って,いかにもストイックで,ありえないけど,それだけに本当に憧れてしまいますよね。

よっしゃ,っと,作品紹介です。とうとう私の好きな東直己さんの登場です。どれをオススメするか迷いましたが,もちろん典型的なハードボイルド作品です。

その昔は,「闇の世界」に身を置き,凄腕の「始末屋」として怖れられていた榊原健三。今はカタギとなって人目を避け,山奥で生活していた。当時,組織は足を洗おうとした健三に対し,健三がこれから先,いかなる組織にも属さないことを条件としてカタギとなることを許した。健三はこれを呑み,恋人多恵子と別れ,組織に対し,多恵子には一切関わらないように警告した。健三は一方的に多恵子と離別し,それぞれ見知らぬ土地で暮らすことになる。故郷に帰った多恵子は,時を経てサラリーマンと平凡な家庭を築き,ひとり息子恵太を儲け,平穏に暮らしていた。

あれから10数年が経過。健三は,生活に必要なものを買い込むために山から降りていた。そのやって来た谷間の街で,偶々テレビのニュース番組は,某社内保育園で発生した人質籠城事件を放映していた。健三は,テレビに一瞬であるものの,多恵子の姿が映し出されたのを見た。その多恵子の表情,憔悴しきったあの表情は彼女の息子の恵太が人質の1人であることをはっきりと物語っていた。健三は立ち上がった。だが人質事件は単なる人質事件ではなかった。腐敗した警察と暗躍する組織。健三は昔の仲間の手助けを受け,恵太を救出すべくこれら組織に立ち向かうが・・・。

悪に立ち向かう主人公はむちゃくちゃ強い。背景事情もありそうでありえないけどかっこいい。何でこんなに強いのかわからんけど健三さん,あんたはほんとにかっこいい。映画にするなら,主人公の健三には語呂合わせで,渡辺謙か,40代の高倉健しかいないって感じです。

本作品は,「フリージア」「残光」「疾走」の榊原シリーズ3作の第2弾です。01年日本推理作家協会賞を受賞しています。ハードボイルドを読んだことのない方にもオススメの一冊です。もし時間があれば,まずは「フリージア」から3作続けて読まれると楽しさ倍増です。

なお,彼の作品は,札幌ススキノを舞台にした探偵ものが多く,名もなき探偵シリーズ(10作),探偵畝原シリーズ(8作)は,いずれもオモシロイですね。ちなみに,個人的には榊原シリーズがいちばんかっこいいと思います。

作者は1956年札幌生まれ,現在も札幌に在住し,日夜,ススキノに出没しているらしい。北海道大学文学部西洋哲学科中退。土木作業員,タウン雑誌編集者など転々と職を変えて苦しんだ末,92年「探偵はバーにいる」で作家デビュー。作者はハードボイルド作家であり,著者近影で見る限り,髪ぼさぼさ,髭ぼうぼうでサングラスをかけた小太り風,日常的な生活スタイルも,自称ハードボイルドではないかと窺われる様(さま)。ひょっとしたら,作品に出てくる主人公と自分とを重ねたいのでは・・・。

おもしろいエピソードを一つ。彼はハードボイルドを目指すものの端くれとして,何でも経験したいと考えた。ということで,彼は意表を突いて塀の中に入ることにした。まず普通に,原付バイクで時速48㎞で走り(誰でもこれくらいのスピード出しますよね),18㎞の速度超過,運良く検挙されて反則金7000円の告知。彼は度重なる支払催告,督促にもめげず,予定通りこれをテコでも納めず(本当はお金なかったりして),ついに検察庁から呼び出しを受け,略式裁判で罰金7000円の判決を宣告されます。ところで,刑法は,「罰金を完納することができない者は1日以上2年以下の期間,労役場に留置する」と規定しています。つまり,罰金刑を受けた者は,その支払能力如何に拘わらず支払わなければ,労役場たる刑務所に収容されることになるのです。

ちなみに,彼に対する略式裁判の判決主文は,「被告人を罰金7000円に処する。これを完納することが出来ないときは金2000円を1日に換算した期間(端数が生じたときは,これを1日に換算する)被告人を労役場に留置する。」となっています。

なので,彼が罰金7000円を納めない場合,都合4日間の労役場留置となるわけです。彼は検察庁の役人から,是非,罰金をお支払いして頂けるよう鄭重に説得を受けます。しかし,彼は当然のように服役志願。このたった4日間の貴重な服役体験をネタに本を書きました(あまり売れんかったみたいです,私買いました)。

題して「札幌刑務所4泊5日」目次を見ると,第1章 入所までのすったもんだのいきさつ第2章 受刑者の道 どうせなるなら模範囚第3章 受刑者の日々第4章 社会復帰へ向けてという構成で,もちろん全部実話のドキュメンタリー作品です。本人の「後書き」によれば,子を持つものとして,文化人でかつ暇そうな人にお誘いがくるというPTA会長就任の依頼があったときなどは,「私,ある事情で刑務所に入ったことがあるんですけど・・・」の一言で,たちどころに就任依頼の撤回がなされるうです。興味のある方は,光文社文庫から出ていますのでどうぞ(了)。

追 伸私の趣味で進めてきたこのコラム。これまでは自分自身で決めた編集方針(?)で,一作者一作品としていました。ですから,今回で22の作品,22名の作家を紹介したことになります。まだまだ,ご紹介したい作家さんはおられますので,この方針堅持に不安はありません。100名100作品くらいはがんばるかなあと・・・。ただ,このコラムをいつまで続けるのかということも考えなければなりません。当初は,書くだけ書いて,分量が増えたら写真やイラストを付けて自費出版で本でも出すかな程度に考えていました。でもリニューアルも必要なのかなとか,読み物として,もっと,おもしろくするにはどうすればいいのかなとか,考えるところはあるのですが,なかなか時間が取れなくて・・・。もし,天に(もちろん地でもいいです)読者がいてこれを読んでおられたら,厳しいものも含め,ご意見頂ければとても嬉しいです。(宛先は[email protected]までどうぞ)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。