司法修習生は「私の一冊」を読まなかったのか
吉田修一 「悪 人」 朝日文庫
今回は番外編です。「私の一冊」はこの番外編で22回目,週一の更新ですので154日目を迎えます。ご存じだとは思いますが,このコラムは,中山の純個人的な趣味で,何らの制約もなく自由に言いたか放題を書いています。毎週月曜に更新していますので,前の週の金曜を完成原稿の締切としています。毎週,オススメの一冊を読んでは原稿を書いているのですが,今のところオススメしているのは,ほとんどが以前一度読んだものの中からセレクトしてます。ですから,「趣味は読書」の私は,オススメした「私の一冊」のほかにも,次のオススメを探して並行して新刊ものも読んでいます。前述したとおり,趣味ですので締切に制約はありません。なので,私が締切を放棄すれば,このルーティーンは毀れる運命にあります。原稿料も全くなく,ほとんど,読者から何らの反響もない状態で,よく続いているなと我ながら感心しています。
ところで,このルーティーンワークの中で一番苦慮するのは,どの本をオススメするかです。自宅の本棚(現在の蔵書は2000冊くらい)を眺め,若しくはオススメできそうな新刊を探しては,どれにするか考えています。これになかなか時間がかかります。決めてしまえば,あとは読むだけ。読んでいれば何となく,原稿の構成とまえがきもイメージしてきます。だから時間があれば,だいたい本を読んでいます。テレビを余り見ない分,自宅での時間はあるのです。ちなみに,毎朝ジムで走っている時も,書見台付なので1時間は読んでいます。
さて,福岡には,毎年80名前後の司法修習生が,弁護実務の修習のため,弁護士事務所に配属されます。弁護士会により,修習生の意思とは無関係に振り分けられるのです。幸か不幸か私のところに配属された修習生,若くて優秀そうで既に東京の某大手事務所に就職が内定しており,やる気満々でした。しかし,私のところでは,私のクライアントとの打合せの立ち会いや,たまにある起案や調べ物のほかは飲会に付き合う程度で,彼は毎日暇そうにしていました(配属先によって当たりはずれがあるんですね)。そこで,私は彼に栄えある(?)「私の一冊」番外編を書かせることを思い立ったのでした。彼には飲会の席の度に,粘り強く執筆の依頼をしました。もちろん彼は,その度に若者らしく,曖昧に色よい返事もなく修習期間は経過,とうとう時間切れと思いきや。私の度重なる要求に屈してか,のちの禍根(?)を畏れてか,彼は修習終了の置き土産として原稿を残していってくれたのでした。
私は「よし,1回休める」と思い,早速,原稿にざっと目を通しました。ところが,「えっ,そんな,ありえんやろ」。なんと彼が選んだ「一冊」とは,既に,私が15号でオススメした「悪人」ではないですか(これを機に15号も読んで頂ければ幸いです)・・・。当然彼は,私のコラムを全部読んでいないどころか,私がこれまでにオススメした本のタイトルすら確認していなかったということになりませんか(それ以外考えられんやろ)。
この一件で,やはり「私の一冊」の読者は多くなかったということをしみじみと知らされました。ちなみに,HP管理業者によれば,このコラムには,月平均で300回くらいアクセスがあるようですが,そのうち30回くらいは私自身だし,あと事務所を含む身内の人もある程度は見ているだろうし・・・。
さて,修習生が選んだ「一冊」,掲載するか否かですが,せっかく彼が土産として残していった原稿を没にするのは勿体ないし,彼自身「何でアップされんのやろ?」と不審に思って恨まれても嫌だし,たまには,違う切り口で書いてもらうのもオモシロイかもだし,と一応悩んではみました。それでも,なんといっても1週間休めるのはとても魅力的なので,結果,こうしてまえがきをして,以下に彼のオリジナル原稿をそのまま載せることにしました。めでたし,めでたし。
記 はじめまして。司法修習生の鈴木です。今回は弁護士中山の「私の一冊」ではなく,修習生鈴木の「私の一冊」です。毎回このコラムを読んでいただいている方は「おや?」と思われたかも知れません。
なぜ今回,修習生鈴木の「私の一冊」となったかを説明する前に,「修習生ってなんだ?」と思われているであろう読者の方もおられると思います。そこで,修習生について説明しようと思います。
現在,弁護士・裁判官・検察官(いわゆる法曹三者)になろうとする者は,司法試験に合格した後に1年間(新司法試験の場合),または1年半(旧司法試験)の司法修習を経ることとなっています。司法修習とは,弁護士事務所・裁判所・検察庁・その他の場所において各2ヶ月間,法律実務を学び,埼玉県にある司法研修所で2ヶ月間,講義・起案を受けるのですが,その司法修習中の者が司法修習生です。
その司法修習で弁護修習を行うにあたって,不二法律事務所に配属されたことがきっかけで,中山弁護士から「君も1回書いてみらんね」と言われ,今回,修習生鈴木の「私の一冊」を書くこととなったのです。
さて,中山弁護士とは違い,ここまでの話とは全くつながりませんが(笑),私が紹介する一冊は現在映画公開中の「悪人」の原作です。「悪人」はもともと新聞の連載であり,たしか私が大学在学中に連載がされていたと思います。大学時代にたまにその連載を読んでいたのですが,全てを読んでいたわけではなく,たまたま本屋で別の本を探していたところ,表紙カバーが主演の妻夫木聡・深津絵理であったことが目を引き,久しぶりに思い出して買ってみることにしました。
この小説の舞台は福岡・長崎。福岡で保険外交員として働く石橋佳乃は会社の同僚二人と夕食を食べに行った後に, 出会い系サイトで知り合った長崎の建築作業員清水祐一に会いに行く。だが,その途中で,以前バーで声をかけてきた湯布院の御曹司増尾圭吾に偶然会い,増尾と峠にドライブに行くことに。そして,その後を車で追いかける清水祐一。ドライブの途中,石橋に嫌気が差した増尾は,石橋を車から蹴り出して真夜中の峠に石橋を置き去りにしてしまう。
それを見た清水は石橋を車に乗せてあげようとするが,自分を邪険に扱う石橋を絞殺してしまう。その後,孤独な存在だった清水は,同じように孤独な存在だった馬込光代と出会い系サイトで知り合い,結ばれるが,清水は馬込に自分の犯した行為について告白する。清水と知り合ったことで,新たな自分を見つけ出したと感じていた馬込は,清水とともに逃亡生活を送るようになる。そして最後には二人で逃げ込んだ灯台の中で,清水が馬込の首を絞め…。
この他にも,高額な健康食品の契約を結び,取り立てに怯える清水の祖母・房枝,娘の復讐を果たそうとする石橋の父・佳男等が物語を彩り,表紙によれば「誰が本当の悪人なのか?」とのことである。
様々な立場の登場人物達が,時間軸を入れ替えながら心情を吐露していく流れは,思わず引き込まれ,一気に読んでしまいました。みなさんもこの作品を読んで「誰が本当の悪人なのか?」考えてみてはどうでしょうか(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。