中山栄治「私の一冊」

死神って本当は天使だったの?

知念実希人 「優しい死神の飼い方」 光文社文庫

作者の知念さんは何と現役のドクター、内科医さんです。1978年生まれで現在39歳です。沖縄県に生まれ、東京の巣鴨中学校、巣鴨高校を経て、東京慈恵会医科大学を卒業後、2004年から内科医として勤務する傍ら、2011年に「誰がための刃レゾンデートル」で第4回バラの町福山ミステリー文学新人賞を受賞してその翌年に作家デビューです。デビュー後はおよそ2か月に1冊の驚異的なペースで新作を書き上げています。そしてことごとくベストセラーになっているんです。 一番売れている2014年発表の50万部を超えるヒット作となった「仮面病棟」はわずか40日間で書き上げています。当時は内科の医師として勤務していてその傍ら執筆していたのですが、最近は執筆依頼が増えたため作家業に専念するために内科医としての仕事は、金曜日と日曜午前だけとなっています。現在働いているのは作者のお父さんの個人医院です。

小学校の卒業文集で「将来作家になりたい」と書いた通りの作家志望でしたが、どこかの学校を出れば自動的に作家になれるということもないので、祖父、父と医者をしていた関係で当然のように医者になりました。でもあきらめきれずに何年も各賞の投稿を重ね、やっと入賞したのがバラの町福山ミステリー大賞だったのです。作家デビューまでに7年がかりということになりました。

私が知念さんの作品に出合ったのは今回紹介する作品が初めてなのですが、他にも天才女医「天久鷹央(あめくたかお)の推理カルテ」シリーズや「神酒クリニックで乾杯を」シリーズなど職業が医者だけに深い医学的知識を背景として医療ミステリーを中心とした作風となっています。

先ほど知念さんは2か月に一冊という驚異的なスピードで作品を書き上げるとご紹介しましたが、彼によれば作品は会員制の図書館に朝9時半から16時くらいまで籠って書くんだそうです。机の上には書き溜めておいたメモとストップウォッチとパソコンを置いています。15分を6回90分ワンセットで、15分ごとに1〜2分の休憩をはさんで15分間に500文字目標として一日に3セット400字詰め原稿用紙で20枚以上書いているそうです。その日の目標が達成できなかったときは翌日に繰り越すそうです。ちなみにストレス解消法は、週に2回総合格闘技のジム通いをしています。という感じでとても個性的な方です。

さて作品紹介です。主人公は死神、その名もレオです。皆さんは死神といえばどんな姿を思い浮かべますか。私は骸骨顔の黒いマントで大きな鎌を抱えている姿をイメージします。そして、死神は恐怖の存在として君臨していますが、それは人間から魂を奪うからですよね。ところが、作品に登場する死神には実体がありません。無色透明の存在なのです。だから人間世界に降臨するにあたっては物理的存在に身を宿すこともあります。今回、レオはレオにとっての盟主である「わが主様」の命に従い、大型犬ゴールデンリトリバーに身を宿すこととなります。ゴールデンリトリバーに身を宿した死神レオの使命は死んだ人間の魂を「わが主様」のもとへ導くことです。でも死者にはこの世に未練を残して地縛霊となってしまうものもいるのです。ちなみに地縛霊は将来虚無となってしまうのです。その様なことにならないように死者の魂を天界へ導くこと、これがレオの使命なのです。なんて、言ったらこれはもう死神ではなくてまるで天使じゃないですか、と思うのは私だけでしょうか。

レオの今回の赴任先はホスピス専門の「丘の上病院」。身を宿したゴールデンリトリバーの飼い主はホスピス病院で働く美しいナース菜緒でした。この病院には死神にしかかぎ分けることのできない死がそう遠くないところで訪れる4人の腐臭が漂っていました。この腐った匂いはこの世に対する強い未練を表していて、腐臭が浄化されて消えない限りは4人の魂はわが主様のもとに行くことはできず、地縛霊と化してしまうのです。その4人の未練のもととなっているのは戦時中の悲恋、丘の上病院で過去に起きた吸血鬼迷宮殺人事件、色彩を失った画家などの過去の謎でした。レオはこれらの患者たちの過去の謎を解き明かすべく奔走します。ところが、ストーリーは過去の迷宮殺人事件の真犯人をめぐって意外な展開をしていきます。殺人事件の被害者3名の魂は実は地縛霊化していて、ホスピス病棟の陰にたたずんでいたのでした。果たしてレオは、迷宮化した殺人事件を解決することはできるのか、その真相はいかにといった感じでストーリーはラストへと向かいます。作品中、主人公死神レオのセリフがとてもコミカルでそれ自体微笑ましくて、ストーリーそのものも心温まるといった感じです。もちろんラストに向けて感動に涙する人もたくさんいるかと思います。最後に作品中のレオの言葉を引用します。「人は死ぬまでにこの世に何かを遺そうとする。あるものは子孫を遺す。あるものは想いを遺す。あるものは自らの名を遺す。そしてあるものはお金を貯めこむことに執着し、何も残すことなく、死とともに全てを失う。何かを遺そうとする行動、それこそが人間がこの世に存在する意義でその過程で魂は磨かれ美しく輝きだす。」

本作品は文庫本で441頁,734円です。なお、本作品には続編「黒猫の小夜曲」があります(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。