中山栄治「私の一冊」

アル・カポネ,ジョン・デリンジャーといえば?

スティーヴン・ハンター「Gマン 宿命の銃弾」(上・下) 扶桑社ミステリー

いわゆるギャングという単語は,アメリカの禁酒法時代に暴力的犯罪者集団をさす言葉として使われるようになりました。イタリアのシチリア島を起源とし、後にアメリカに移民したマフィアとは違います。ギャングは日本でいえばヤクザや暴力団がこれに当たると思われます。

禁酒法時代のギャングといえばアル・カポネですが,今回取り上げるのは,ギャングでも銀行強盗団です。時は1934年です。アメリカでは1920年から33年まで続いた禁酒法によって,アルコールを含む酒は国内での製造・販売・輸送が禁止されたため,カナダから酒を密輸する犯罪組織がはびこるようになります。アル・カポネに代表されるギャング一味です。この密輸一味はヤミ酒の違法販売を通じて巨額の富を築きます。が,1934年には禁酒法も撤廃され,密輸で儲けていたギャングの勢いも衰退し始めたのでした。そこに新たな暴力的な一味が現れます。昔ながらの銀行強盗です。現在では銀行強盗なんてすぐに捕まるのが関の山ですが,1930年代のアメリカはそうではありませんでした。第一次世界大戦を終え,1929年の世界恐慌を経て広大な国土を抱えるアメリカでは経済恐慌の真っただ中でした。国内的に失業者が蔓延し,国民所得は大きく低下していました。警察の力は人的・物的にも弱く,犯罪,特に広域の銀行強盗に対する取締りは後手後手に回っていたのでした。アメリカの警察組織は,連邦・州・郡・市町村の各組織がそれぞれ設置する警察と州や郡ごとに置かれる保安官がありますが,一国の政策としてギャングを撲滅する主体的な活動をしたのは,当時の司法省捜査局でした。この組織は,後の連邦捜査局FBIとなりますが,警察の管轄を越えて駆け回るギャング一味を追っていたのでした。

本作品では司法省捜査局と実在のギャング一味であるジョン・デリンジャー,トミー・キャロル,ジョン・ポール・チェイス,ベビーフェイス・ネルソンとの戦いを史実として描いています。それを題材にした映画はジョン・デリンジャーを描いた「デリンジャー」とかボニーとクライドを描いた「俺たちに明日はない」をはじめとしてたくさんありますが,本作品のアプローチは単なる自伝的なものではなくて,作者スティーブン・ハンターならではものとなっています。

さて,時は現在です。

アーカンソー州にある名スナイパーとして名をはせた退役軍人ボブ・リー・スワガーの所有する広大な土地の一部の古屋の跡地の地中から,祖父チャールズの遺品と思われる拳銃コルト45と真新しい1000ドル紙幣,謎の地図,FBIの前身である司法省捜査局のバッジが入った頑丈な箱が見されます。発見された土地にはスワガーの父や祖父が暮らした古い建物が建っていたのでした。発見された品々の中でも捜査局のバッチはFBI設立以前のもので,1934年当時だけ使用されていたことがわかります。当時,祖父チャールズは郡保安官をしていたはずでしたが,一体どんな人物だったのか,なぜこれらの品々を埋めて隠したのか。スワガーは自分のルーツである祖父の謎に満ちた当時の調査に乗り出します。調べてみると,保安官チャールズはシカゴの司法省捜査局からの要請で捜査官に銃器の訓練指導をしながら,彼らとともに当時のパブリック・エミニー・ナンバーワンのジョン・デリンジャーを追っていたことを掴みます。一味のうちベビーフェイス・ネルソンといわれる男はその凶暴性と狡猾さで恐れられていました。彼らとの壮絶な戦いは果たしてどうなるのか。といった感じでストーリーは進んでいきます。最終的には史実の示すとおりにギャング一味は殲滅されるのですが,果たしてチャールズはこれらに関わっていたのか,調べてみても当時の捜査局の記録にチャールズの名は残されていませんでした。チャールズの記録は意図的に抹消されたのか,だとすればそれはどうしてなのか。シカゴから故郷アーカンソーに戻ったチャールズは再び保安官として復帰しますが,8年後の1942年には何者かに撃たれてこの世を去ります。これらの謎は解き明かされることができるのか。スワガーの真実に迫る探索が始まります。

本作品はヴェトナム戦争における伝説のスナイパー,ボブ・リー・スワガーのシリーズ第15作目です。が,シリーズを全く読んでいなくてもこれ一本で十分に楽しめます。  作者によれば,実はベビーフェイスネルソンを材に取った本を書きたかったのだそうです。1934年という年をチャールズ・スワガーを通して再現したかったということです。どうかアメリカ1934年の史実を楽しんでください。

本書は2017年3月29日発刊, 文庫本上下巻合わせて875頁。1988円です。著者の略歴については,私の一冊(28)をご参照ください(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。