中山栄治「私の一冊」

もしも過去の事実を改変できるとしたら

梶尾真治 「クロノス・ジョウンターの伝説」 徳間文庫

前回に引き続き、今回も感動するSF作品をご紹介します。

作者の梶尾さんは1947年12月熊本県生まれです。地元の熊本マリスト学園高校を経て福岡大学の経済学部卒業です。大学を卒業して2年後にはハヤカワ書房のSFマガジンに「美亜へ贈る真珠」が掲載され作家デビューです。その後、家業であるガソリンスタンドチェーンを運営する会社に入社して10年後には、先代社長であるお父上死去とともに社長に就任、以降社長業の傍ら作家として活動されていました。2004年に57歳にして会社を引いて専業作家宣言をします。

ジャンルとしてはSFですが、作風はリリカル(抒情詩的)なもの、純愛もの、ドタバタもの、グロテスクものまで幅は広いようです。

主な作品で 私が読んだことがあるのは、2003年に草剛さんと竹内結子さん主演で映画化され大ヒットした「黄泉がえり」があります。隕石が地球に衝突して、その影響で死んで黄泉の国へ行った人が次々によみがえってしまうというストーリーでしたね。そのほかには、といっても私は「黄泉がえり」くらいしか読んだことはないのですが、タイトルを上げるにも大変なほどにたくさんの作品を書かれています。日本で最も古い権威あるSF作品に対する賞である星雲賞を5回も受賞されており、また「サラマンダー殲滅」という作品で1991年日本SF大賞を受賞。要するに梶尾さんはSFの世界では大家なのです。

本作品はタイムトラベルのお話ですが、皆さんはタイムトラベルとタイムスリップとでどう違うかご存知ですよね。そう、タイムスリップは、偶然にも何らかの現象によってスリップして時空を超えるというものですが、タイムトラベルはタイムマシンによって意図的に時空を旅するのです。

難しいことはよくわかりませんが、物理的にはアインシュタインの特殊相対性理論によれば、光よりも速い超高速で物体が移動することが可能であることを前提とすれば、タイムトラベルは理論的には可能で、現在も欧米の大学では大まじめにこの研究に取り組んでいる自然科学者がいるようです。

さて、作品紹介です。一言でいえば本作品は、6つの切ない時間SFロマンスとも言うべきラブストーリーです。短編連作集となっています。本書は作者がタイムトラベルを軸にして短編を別々に書き連ねていた6つの作品を短編連作集として仕上げているのです。

時は1995年、ある巨大企業の重工業開発部門で時間軸圧縮理論を採用した巨大な物質過去放出機、名付けてクロノス・ジョウンター(クロノスは時の神、ジョウンターは瞬間移動装置のこと)の開発に成功します。しかし、実験を重ねるうちにクロノス・ジョウンターには重大な欠陥があることが発覚します。それは、物質を過去に飛ばすことはできても、そこに長時間とどまらせることができないということ、しかも戻ってくるのは出発した現在ではなく未来に弾き飛ばされてしまうということでした。たとえば現在を基準として半年前に物質を飛ばしたとすると、そこにとどまることができるのはわずか数十分だけであり、滞在後弾き飛ばされるのは現在を飛び越して未来の1年後であったりするというものなのでした。もちろん、実験は重ねられ改善されていき、過去での滞在時間を延ばすことも可能となり、20年先の過去までタイムトラベルすることができるようになりました。しかし、現在から過去へタイムトラベルした場合に現在にそのまま戻るということは依然として可能とはなりませんでした。それどころか、遠い過去へ行けば行くほど飛ばされる未来も数倍先になり、本来自分が生存していないはずの数十年も未来になったリしていたのでした。

にもかかわらず、あえて危険を冒して過去に戻り、過去の事実を改変して愛する人を救おうとする人々の6つの物語が本作品です。例えば、通勤途中にある花屋の女の子に片思いした男が、やっとのことで彼女との初デートの約束を取り付けたのもつかの間、彼女の働く花屋にタンクローリーが突っ込み彼女は亡くなってしまいます。男は生前の彼女に危険を伝えるべくクロノス・ジョウンターに乗り込みますが、果たして彼女を救うことはできるのでしょうか。

また、入院していた少女が思いを寄せていた難病で余命間もないお兄ちゃんを忘れられずに、将来医師になり、過去に戻って未来の先進医療によりお兄ちゃんを救おうとする物語であったり、母子家庭で育ち母の男との関係のだらしなさに失望して、一人都会に旅立ち絶縁していた母の危篤の知らせを無視したものの、母の真実を知ろうとタイムトラベルを志願する息子の物語だとか、合計6つの物語が一つにつながるとき、本当に心温まる感じに包まれること請け合いです。

なお、6つの物語の一つで、先ほど触れた入院していた少女が大人になって憧れていた青年の難病を直そうとする「鈴谷樹里の軌跡」という物語は「この胸いっぱいの愛を」といタイトルで伊藤英明とミムラの主演で2005年に映画化されています。また、6つのうち4つの作品は上川隆也(かみかわ たかや)さんが属していた演劇集団「キャラメルボックス」により舞台化されていますのでこちらでも楽しむことができます。

以上、本日の「弁護士中山の私の一冊」は「クロノス・ジョウンターの伝説」でした。2015年2月に徳間文庫から発刊、653頁、950円です(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。