ランニングシューズ業界を覗いてみましょう
池井戸潤 「陸王」 集英社
本作品は池井戸さん得意の経済小説ですが、池井戸さんの略歴は私の一冊29をご参照ください。
さて本作品はランニングシューズを扱ったものですが、西洋では古くから革靴が有って、江戸時代末期には坂本竜馬も革靴を履いていました。日本の古来からの履物といえばわらじ、草履、下駄ですね。そして西洋の靴下に対して、日本では足袋ですね。
足袋といえば、あのタイヤメーカーのブリヂストンは久留米発祥ですが、ブリヂトンは久留米のアサヒ靴のアサヒコーポレーションから派生した会社でした。
アサヒコーポレーションはもともと1892年に初代石橋徳次郎が個人経営で足袋を製造販売していたものが、日本足袋株式会社として法人成りしてその後、足袋の裏にゴム底を張って地下足袋を作りそこから靴を作る会社へと発展し、会社名も現在のアサヒコーポレーションに変更されました。アサヒの創業は石橋家によるものですが、地下足袋を事業として目覚ましく成長させ、事業としての軌道に乗せたのは創業一家次男の石橋正二郎さんでした。しかし、自らの営業活動の中で移動手段としての自動車を見て、将来を見通し自動車産業に目をつけて、ゴムタイヤの製作を始めました。こうして正二郎さんはそして日本足袋からゴムタイヤ部門を独立させて、隣接地においてゴムタイヤを作る会社、日本タイヤ株式会社を興したのでした。それが現在のブリヂストンへと大躍進したのでした。一方、本家のアサヒ靴は平成13年でしたか倒産の憂き目にあいながら、会社更生法の適用を受けて現在再建中です。靴業界はそれほど厳しい業界なのです。
少し、本編から外れましたが、本作品は老舗足袋メーカーがランニングシューズ業界に乗り出し失敗を重ね、くじけながらもマラソンランナーに陸王をという夢物語です。
埼玉県行田市にある「こはぜや」は創業100年の歴史を有する足袋メーカーです。とはいっても従業員20数名の零細企業で、足袋そのものの需要は先細りで業績はじり貧でした。社長の宮沢は銀行融資の交渉に頭を痛める毎日でした。そんなある日、宮沢はひょんなことから、こはぜやの先代が「陸王」という名のマラソンシューズを制作していたことを知ります。このこともあり宮沢は新規事業として足袋製作のノウハウを活かしたランニングシューズの開発を思い立ちます。宮沢は早速、社内にプロジェクトチームを立ち上げて開発に着手しますが、資金難をはじめとして、靴底の形、素材探しなど様々な困難に直面します。
やっと試作品にこぎつけた宮沢は実業団陸上部の名ランナー茂木に陸王の試作品を託します。しかし、陸上部にはすでに大手シューズメーカーが食い込んでおり、メーカーからの露骨な妨害にあいます。大手は名のある選手には無料でシューズを提供するほかあらゆる利益供与をして、競技の際に自社のシューズを履いてもらい走る広告塔として利用していたのでした。茂木は陸上の長距離選手であり大学時代に箱根駅伝にエースとして出場した経験もある実力者でしたが、故障に悩みランニングフォームの改造に取り組んでおり、スランプ状態だったのです。そのため満足なレースができない茂木には大手メーカーから次第に冷たくされ見捨てられようとしていたのでした。ライバル選手は脚光を浴びている中、はたして茂木は陸王で再起できるのでしょうか。
シューズ陸王の開発と茂木の再起をかけた戦いが2本の軸となっていますが、どのようなラストを迎えることとなるのでしょうか。尽きるところレース用のランニングシューズの進化の物語です・・・といった感じですがいかがでしょうか。
池井戸さんの「下町ロケット」を彷彿させる名作です。いずれきっと映像化されると思います。
ちなみに、本作品のモデルとなった実在の足袋屋さんがあるるそうです。きねや足袋という会社で、実際、開発されたのは「陸王」ではなくて、ランニング足袋「きねや無敵」という名のシューズです。足袋にゴム底を付けたユニークな形をした製品で、1足5000円で販売されています。作者の池井戸さんがここを訪れ綿密な取材をしたうえで本作品を執筆したことは言うまでもありません。
「陸王」ソフトカバーで592頁、お得な1836円です。もちろん一気読みするしかありません(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。