それでも3億円が当たってみたい。
川村元気 「億 男」 マガジンハウス
川村元気さんの前作でデビュー作であるライン小説「世界から猫が消えたなら」は書籍になって70万部売っています。
川村さんは2001年に上智大の新聞学科を出て東宝に入社、会社員として劇場のチケットのもぎりをしていました。26歳の時、社内の企画募集に応募したところ、これが取り上げられ映画プロデューサーになります。この時プロデュースしたのが、あの「電車男」でした。興行収入37億円の大ヒットとなり、当時、社会現象にもなりました。
このほかにも彼がプロデュースした作品は「デトロイト・メタル・シティ」「そのときは彼によろしく」「告白」「悪人」「モテキ」「宇宙兄弟」「寄生獣」等その他たくさんです。
ちなみに本作品「億男」は2015年の「本屋大賞」にノミネートされています。
さて作品紹介です。借金が原因で行方不明となった弟のため、3000万円の負債を背負うこととなった主人公一男は、家庭関係がぎくしゃくして妻子に家出されてしまいます。一男は借金返済のために、昼は図書館司書として、夜はパン工場でひたすら働き続けます。ある日、別居中の娘との父子面接の帰り、老婦人からもらった福引券。1等はハワイ旅行でした。娘とともに引いたところ、4等の宝くじ10枚に当選。ハイ、ご想像のとおりこれが3億円の当選くじとなるのです。
1億円以上のラッキーな高額宝くじ当選者は、統計上は年間になんと500人以上出ている一方で、彼ら高額当選者たちは、その後、悲惨な人生を送っているとの統計があるそうです。 ネットでこれらの情報をつぶさに知った一男は、この3億円の使い道に思いあぐねていました。そしてふと思いつき、現金3億円を入れた鞄を手に大学時代に財テクで億万長者になっていた親友九十九に10数年ぶりに会いに行きます。 一男と九十九は同級生で落研に所属して落語をしていたのでした。
ちなみに3億円の現金ってどれくらいの重さと大きさになると思いますか。
1万円札1枚で1gです。1万札が3万枚で3億、ざっと30㎏になります。大きさも1万円札のサイズは16㎝×7.6㎝でこの100枚の塊100万が300個で3億ですから大きめの旅行カバンひとつで余裕で入ります。
さて3億の鞄を下げて、九十九の部屋を訪れた一男は、九十九から芸能人やきれいどころを集めてのどんちゃん騒ぎの歓迎を受けます。ところが、翌朝、目覚めてみると、3億円の入った鞄は忽然と九十九とともに消えていたのでした。
途方に暮れる一男は3億円を取り返すべく九十九を捜し、九十九のかつての知人たちを訪ねます。
九十九とは落研の仲間だったのですが、落語といえば、初心者がやる「寿限無」はご存知でしょうか。
自分の子どもに縁起のいい名前として付けたのが「寿限無、寿限無五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」という長い長い名前なのですが、こいつは呼ぶのにいちいち長すぎて困りますね。
それでは、「芝浜」って噺をご存知ですか。
この「芝浜」が九十九失踪の謎を解くカギとなります。
「芝浜」のあらすじをざっとお話しします。
魚屋をやっている旦那は根っからの酒飲みでした。酒ばかり飲んでいて気が向いたら仕事をするといった具合でした。ある晩飲んで帰り際に大金を拾って来ます。翌朝起きた旦那は件の拾ったお金をあてに人を集めてどんちゃん騒ぎをします。いざ支払う段になって、拾ったお金を出すようにおかみさんに言うと、おかみさんは「そんなお金なんてない、あんた夢でも見てたんじゃないの」と言われる。旦那は焦りながらも「お金を拾う夢を見るなんて情けない、お金はてめえで稼ぐもんだ」と、その日を境に心を入れ替えてまじめに働き始めます。そして時は流れ、まっとうになった旦那にご褒美として、おかみさんは拾ったお金のことは夢ではなく現実にあったことだったこと、そのお金は大切に仕舞っていたことを告げます。こういった内容です。
さあ、一男の九十九を探す30日間の旅の物語が始まります。
作中には千円札の野口英世は幼少時に貧乏だったけれど、のちに著名な医学者になった後は散財を繰り返したとか、5千円札の樋口一葉は「たけくらべ」で一流作家になって、24歳で肺結核で亡くなるその瞬間まで借金に苦しんでいたとか、1万円札の福沢諭吉は「貧富の差は生まれながらのものではなくて、学問の有無による」と言ったとか、喜劇王として富豪となったチャーリー・ーチャップリンは「人生に必要なもの。それは勇気と想像力と、ほんの少しのお金さ。」という名言を残したとか、過去の偉人の金に関するエピソードがたくさん出て来るのも読んでいて楽しめました。
わずか243頁です。もちろん、本作品も既に映画化が決定しています。映画が公開される前に読んでみてはいかがでしょう(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。