ツール・ド・フランスを観戦しよう
近 藤 史 恵 「サクリファイス」新潮社
普通,バイクといえば,オートバイのことだと思いますよね。ところが,欧米では当然のように自転車のことを意味します。自転車といえば私はママちゃりです(笑)。マウンテンバイクは,お叱りを覚悟して言えば,我が愚息の初自転車に買い与えた,形としてはどんな悪路(オフロード)でも走れるように設計された自転車のこと。もちろん,子ども用に買い与えたものと本物とでは似ても似つかないものです。さらに耳慣れないクロスバイクは,マウンテンバイクをアスファルト舗装道路用に改変した自転車ということでしょうか。タイヤが違うみたいですね。さらにロードバイクは,より速く走るためだけの,他のすべての要素をそぎ落とした競技用の自転車です。曰く「この世で最も美しく,効率的な乗り物」だそうです。よく筋肉もりもりの足のぶっとい人がぴったり張り付いたシャツとパンツで車道を颯爽と走り抜ける姿を見かけますね。知人に嵌っている人がいて,興味本位で尋ねてみたら,ロードバイク,シューズ,ウェア,ヘルメット等一式で約70万円かかったそうです。まさに,高級オートバイと遜色ない価格ですね。
私自身ツール・ド・○○とかトライアスロンでの自転車は,もちろん知ってはいても興味はありませんでした。でも,ヨーロッパではサッカーに次ぐ人気です。最も有名なツール・ド・フランスでは3週間にわたって,1日150キロ以上の距離を走り続け,その間,何度も峠を越える。走行距離は3000キロを越え,高低差は富士山を9回上り下りするのに匹敵するのです。レースですから,もちろん早いモンが勝つ。テレビで放映されていても,あんなにたくさんの人が出て,ぶつかって怪我でもしたら大変だ,と興味は失せてチャンネルをかえる。ところが,知らない世界って本当にあるんですよね。それがこの作品を読んだ率直な感想です。とともにちょっぴりですが,ロードレースにも興味を抱くようになり,健康にも良さそうだし,今度お店屋さんに行ったらクロスバイクでも見てみようと思っています。以下ご紹介します。
高校3年で中距離陸上選手としてインターハイ優勝した白石誓(しらいし ちかし 通称チカ)。周囲に惜しまれつつも陸上をやめて自転車部のある大学へ進学。エースを経て,卒業とともにプロ「チーム・オッジ」にスカウトされ,目指すロードレースの選手に。まだまだ力不足のチカのチームでのポジションはアシスト。ロードレースは個人戦であるとともにチーム戦です。誰もが思うような単純に誰が一番早いのかを競うものではないのです。ステージを変えて数週間にも及ぶレースもあります。各ステージにおいて,監督により優勝を狙うことを指名されたエースと,これを勝たせるためのアシスト。空気抵抗との戦いのレースにおいて,アシストはエースの前を走り,後続するエースとのタイヤ差10㎝で風よけ役となり,スパートに向けてエースに力を温存させます。また,1日5時間にも及ぶレースにおいて,ドリンクや軽食などの補給物の運搬,他チームの牽制等を行うのがアシストの役目です。なんとアシストは自ら勝つことを許されないのです。チカはどちらかといえばアップダウン主体の山岳コースを得意としますが,平坦コースではまだまだ新参者です。そんなチカがアシストとして,晴れて抜擢された海外遠征でのレース。幾多のステージを経た得意の山岳コースでのステージを迎え,チカは個人区間賞を目指して,初めて勝つことを命ぜられます。ところが,チカがトップでクリアした下りの高速コーナーで,後続組にクラッシュが起きます。チカは無線でクラッシュのこと知らされ,直ちにレースを放棄してクラッシュ現場に逆戻りすることを命ぜられます。そこでチカが目の当たりにしたのは・・・「あらぬ方向に曲がった首と,ぴくりとも動かず投げ出された手・・・教えて欲しい。どこからやりなおせば,この結果を避けられるのだろう。後悔せずにすむのだろう」。当然クラッシュは,偶発的なものに過ぎなかったはずでした。しかし,ドーピング検査の結果は,事件を意外な方向へ運んでいきます。チカがアシストするはずだったエースは,どうしてクラッシュしなければならなかったのか。果たして事件の真相とは。本ストーリーは実はロードレースミステリーだったのです。
作者は69年大阪生まれ。大阪芸大卒,93年「凍える島」で鮎川哲也賞を受賞してデビュー。本作品では大藪春彦賞受賞。タイトルのサクリファイスとは「生け贄,犠牲」のこと。まさに作品内容を象徴しています。四六版245頁。4時間もあれば読めます。とにかく騙されたとおもって是非読んでみてください。未体験ゾーンの価値ある経験であること必至です。ロードレースの入門書としてもオススメの一冊です。なお,本作品の続編として,チカがいよいよツール・ド・フランスに出場する「エデン」が,先日出版されていますの続けてどうぞ(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。