パンデミックをご存じですか?
「生存者ゼロ」 安生正 宝島社
今回は年に一度,宝島社のミステリー作家の発掘企画である「このミステリーがすごい大賞」昨年2012年受賞作です。
パンデミックというのは世界的な規模で感染が予測される疫病のことで,発症した国の報告に基づきWHO世界保健機構がパンデミック宣言するのですが,この宣言がなされれば,普通にその発症区域に近づく人はいなくなりますので,経済的に大打撃を受けるため慎重になされる必要があります。発症国からすれば隠してしまうこともあるくらいです。中国の広東省で見つかったSARS(重傷急性呼吸器症候群)は当時,発症から8ヶ月で約750名の死者を出していますが,中国は国内で報道規制をしてWHOへの報告を患者発生から4ヶ月も遅らせていたことが発覚しています。ほかにパンデミックされたものとしては,アフリカのミドリザルを感染源とされるエボラ出血熱,ロサンゼルスの同性愛者が第1号と認定されたHIV(エイズ),イギリスで発症したとされる狂牛病等があります。
これだけ医学が進歩し,衛生状態も改善されているのに従来種ではなくて,新種の疫病が発生するのはなぜなんでしょうかね。病原のもととなるウィルスは突然発生するのでしょうか。否,人類と同じように進化しているのでしょうか。
現代において本当は新種の疫病というのは存在しないのではないでしはょうか。エイズではないですが,実は実験室から化学兵器として生まれているのではないでしょうか。
さて,本作品の紹介です。北海道根室半島沖に浮かぶ石油掘削基地との連絡が途絶え,基地の職員全員が凄惨な死体となって発見されます。当初テロリストによる犯行との観測もありましたが,検死の結果,死因は謎の微生物による感染症だと推定されます。ところが,当日,基地で救助作業にあたった自衛隊員には感染が認められませんでした。ただ,隊員の1人は,「奴らがやってくる,目を閉じれば奴らはすぐそこにいて,私を引きずり込もうとする」という言葉を残し,自殺してしまいます。この微生物の正体を突き止めるべく,もとアフリカガボンで新種のウィルスや細菌を発見する研究をしていた疫病学者富樫がかり出されます。ところが,新たな発症がない中あと一歩というところで,彼の研究は政府により闇に葬られてしまいます。おりしも終息から9ヶ月の時を経て石油基地から海上200㎞の距離を隔てた北海道中標津川北町で同じ感染症が突然発症し,町が全滅します。生存者ゼロ。さらに2ヶ月後,紋別,北見,足寄,帯広に至るまで感染症は拡大していき,発症した地区ではことごとく生存者ゼロの猛威を奮ったのでした。このまま,なすすべもなく北海道全土は壊滅してしまうのか,そんな中,これに立ち向かう件の富樫ほか科学者たちにより感染症の正体が次第に明らかになってきます。感染症との戦いの末路は如何に,といった感じですがいかがでしょうか。高野和明さんの「ジェノサイド」という作品がありますが,その向こうをはる感じです。詳しいことは読んでのお楽しみですが,「このミステリーがすごい大賞」の審査員の寸評を引用しますと「まさかそんなことが,と腰が抜けそうになる」「その展開ぶりはまさに驚愕の一言,そのアイデアよくぞ思いつきました」「度肝を抜く前代未聞の新機軸」「よくここまで書き込んだという気迫が感じられる。B級テイストながらも熱く重く厚いサスペンス」との感想をいただいています。感動とか涙とかいうのはないのですが,読んでみてとにかく文句なしで楽しんでいただけます。ちなみに作者の安正さんは1958年生まれ,東京在住の建設会社勤務のサラリーマンだそうです。大賞賞金1200万円はもう使ったのでしょうか(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。