中山栄治「私の一冊」

海に降る雪,マリンスノー

「海に降る雪」朱野帰子(あけの かえるこ)幻冬舎

朱野さんは本作品で作家第2作目の新人です。深い海,深海に潜る深海潜水調査船のパイロットをめざす女性が主人公のエンターテイメント小説です。

ところで,宇宙飛行士と呼ばれる人たちは世界にどれくらいいるかご存じですか。・・・はい,約500名だそうです。  日本ではJAXAが純国産による宇宙開発を担当して少ない予算なりに力を入れていますが,種子島から発射されているロケットはこれまでは全部無人ロケットです。有人ロケットは,生命のリスクがあり全く経験がなく世界的には大きく後れを取っています。

しかしです。本書で取り上げられている深海での有人深海調査船,いわゆる潜水艦の一種ですが,我が日本はこの分野では世界的にトップレベルなんです。「しんかい2000」とか「しんかい6500」って聞いたことありますよね。実際6500㍍の深さまで潜航調査することが出来るので6500というわけですが,設計上の潜水限界能力は1万㍍を超えています。しんかい2000は未だ運行可能ではあるのですが,既に引退して展示物と化しています。6500ですら20年以上前に,当時125億円もの巨額な費用を掛けて建造されました。以来,千数百回にも上る調査潜航をしていますが,今でも現役で有人の潜水調査船ではその能力は世界一なんです。先ほどの宇宙飛行士ではありませんが,深海潜水艇のパイロットは世界中で約40名しかいなくて,うち20人は日本人なのです。その意味で宇宙飛行士よりも希少だと言えます。ただ,世界の主流は無人探査船へとシフトされており,こちらでは欧米各国がしのぎを削っています。

この有人潜水艇ですが,サイズは全長9.5㍍,幅2.7㍍,高さが3.2㍍と小さいのですが,さらに実際,人が乗り込むスペースは直径2㍍しかないチタン性の正真正銘の求体です。この超狭いスペースにパイロット,副パイロット,科学者の計3名が乗り込むのです。めちゃ狭いですよね。でも深海に潜るには構造的に仕方ないんです。我々が生活する地上では1気圧ですが、水深10㍍ごとに1気圧ずつあがります。ですから水深10㍍だと2気圧,20㍍で3気圧,そして6500㍍だと,何と651気圧となるわけです。ダイビングをする人は分かると思いますが,私自身一度40㍍の深さにディープダイビングしたことがありますが,40㍍で5気圧の水圧でウェットスーツは体にぺったり張り付きます。一緒に潜ったガイドが手にしていた硬式テニスボールはぺちゃんこ,封を切っていないカップヌードルもせんべいになってしまうほどです。ですから巨大な水圧に耐えるために球形となっているのです。

この潜水艇に重さ1200㎏のバラストと呼ばれる錘をつけて潜行するのです。そして浮上するときは、バラストを海中に捨てながら海上に向かうのです。

この潜水艇を運行しているのは実在する国の独立行政法人である海洋研究開発機構です。横須賀に本部を構え,海と地球の謎を解明すべく研究を続けています。

さて,ストーリーです。しんかい6500の開発に携わっていた技術者を父にもつ主人公深雪は,女性初の有人深海調査船のパイロットを目指しています。そしていよいよしんかい6500を使用しての訓練潜行の日,直径2メートルの居住空間で突然,閉所恐怖症を発病してしまい,パイロットとしての夢は頓挫してしまいます・・・というところから物語は始まります。美人だけど酒乱気味の深雪は病気を克服するまでの間,広報課へ転属されてしまいます。そこで,同じ年の頃の高峯浩二に出会います。彼の父は科学者としてしんかい6500に乗り込み日本海溝で巨大な未確認生物を目撃したというのです。その未確認生物の映像は残されておらず,これを見たのはしんかい6500の乗組員3人のうち高峯の父一人だけだっため,この「白い糸」と呼ばれる目撃談は未確認情報に過ぎませんでした。その後,高峯の父はその人生をかけて未確認生物を追い求めていましたが,不慮の事故死を遂げてしまいます。高峯は父の遺志を継ぐべく海洋研究開発機構に転職してきたのでした。深雪と高峯のそれぞれの思惑,深雪は閉所恐怖症を克服し女性初のパイロットは実現するのか,高峯は未確認巨大生物の実在を確認できるのかという2本の柱を中心にストーリーは構成されています。そして,たまたま深雪の弟が漁師により水揚げされた深海魚が飲み込んでいた大きな鱗状のものを手に入れたことからストーリーは急展開します。

日本海溝深い深海,ラストを飾るクライマックスシーンはいかに,といった感じですがいかがでしょうか。

未知の深海を題材にしているため,難しい専門用語がたくさん出てきますが,分かりやすく説明されており知識欲旺盛な方には最高です。未知の世界,深海,NHKスペシャルにもなりそうで楽しめる一冊です(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。