中山栄治「私の一冊」

昭和64年

横山秀夫  「64(ロクヨン)」 文藝春秋

明治生まれの人で現在ご存命の方は,明治,大正,昭和,平成と天皇4世代に生きて来られ,現在100歳を超えておられることになります。凄いことですよね。私は,昭和34生まれで新人類世代といわれましたが,これからがんばって長生きしたとしても3代が限度でしょうか。

大日本帝国憲法上,「天皇は神聖にして侵すべからず」「統治権の総覧者」と規定され現人神であった昭和天皇は,敗戦後はGHQから人間宣言をさせられて,日本国憲法の下,「国民統合の象徴」となりました。昭和天皇は天皇として最長となる62年余り在位しましたが,昭和64年1月7日87歳で十二指腸せんがんにて崩御。元号は翌1月8日から平成と改められました。昭和64年はわずか7日間で終わったのでした。この7日間を覚えておられるでしょうか。この7日間には天皇崩御を除き,これといった重大な事件は起こってはいないようです。

唐突かつ全く不遜で申し訳ありませんが,1月7日昭和最後の日,私はいつものように夜,中洲にいましたが自粛でお休みの店が多くて困ったのを良く覚えています。

今回ご紹介する「64ロクヨン」は昭和64年のことを指しています。

横山さんの警察小説は定評がありますが,今回のロクヨンもすごいです。

さて,ストーリーです。横山さんの以前の作品にも登場したD県警が舞台です(ちなみに「D」はドラえもんのどこでもドアの「D」なんだそうです)。遡る昭和64年1月5日,D県で近所のおじさんの家にお年玉をもらいに出かけた7歳の少女翔子ちゃんが何者かにより誘拐されます。事件は初動捜査のミスもあり,犯人に身代金2000万円をまんまと奪われ,翔子ちゃんは無惨な死体となって発見されます。翔子ちゃんは誘拐されて間もなく殺害されていたことが判明します。しかし,万全かつ必死の体勢で組まれた捜査布陣に拘わらず,犯人は不明のまま時は経過します。そして,事件未解決のまま今は平成14年,公訴時効完成まで1年足らずとなります。この事件はD県警史上最悪の未解決事件となり,警察関係者の間では昭和64年の数字をもじって「ロクヨン」という符牒で呼ばれることとなります。そんな折,警察庁長官によるD県警視察が1週間後に決定され,マスコミ用に長官のロクヨン被害者遺族慰問も計画されます。しかし,慰問の打診に対して遺族は,どういうわけかこれを拒絶します。

一方,D県警内部では長年にわたり本庁キャリア直轄の警務部と地元県警組織内で独自路線を歩む刑事部とが対立していました。ばりばりの刑事畑を歩んできた主人公三上警視は,人事異動で刑事ラインを外されます。それもどういうわけが反対勢力である警務部秘書課広報官に転属されてしまうのでした。失意の中,三上はいつか刑事に復帰する決意を秘め広報の仕事に専従します。そして,旧来,警察がマスコミに対して行ってきた情報操作を見直そうと決意します。すなわち,公正な開かれた警察発表とは何かを模索しはじめるのでした。折しも,三上は交通事故による死亡事件を巡って,加害者及び被害者の匿名報道について,県警付報道各社と対立していました。そこへとんでもない事件が発生します。

その事件とは?果たして警察発表に真実はないのか?刑事部と警務部の狭間に立たされた三上はどう出るのか?ロクヨンは時効となってしまうのか?予想外のどんでん返しの中身とは?

私は読む前,警察小説ですから何かしらミステリアスな事件が起こって,まあ今回で言えば誘拐事件ですが,その謎解きがされるまでの過程が語られるということを普通に予想していました。そこは横山さんですからどんな背景設定や人間模様を絡ませるのかな,なんて期待を抱きつつですね。しかし,読みすすめると,予想外にそうではなくて警察組織内の覇権争いが軸となっていて,どこもかしこもつまらん縄張り争いかい,ちょっとがっかりていうか,退屈になってきました。しかしです。終盤に向けて,ちょって待って,えっ,この段階でこんなのあり,残り紙面が足らないんじゃない,ありえんやろうこれ,すごい,これほどまでのどんでん返しは読んだことがない,とまあ,とてもいい作品でした・・・満足です。

書き下ろしの647頁,久しぶりに睡眠不足になってください。

作者の横山秀夫さんはもと地方新聞の記者で,91年に「ルパンの消息」で34歳作家デビューです。新聞記者の現役時代にあの日航ジャンボ機墜落事故を現地取材し,その凄惨な体験をもとに書いた「クライマーズ・ハイ」も傑作でした。同作品をはじめ多くの彼の作品がテレビや映画化されています。

もう10年前になりますが,横山さんが2002年に発表した「半落ち」が「このミステリーがすごい大賞」を受賞,翌年直木賞候補の本命になりましたが,選考委員から小説中,重要な鍵となる部分について現実にはありえないとの判断が下されて落選しました。横山さんは異を唱え,直木賞に対して訣別宣言しました。ちなみに後日,作品中のありえないとされた鍵の部分については,横山さんの記述が正しかったことが判明しました(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。