「出会い系サイト」は「悪人」か
吉田修一 「悪 人」 朝日新聞社
思えば,恥の多い青春でした。男女交際といえば,出会いときっかけが決め手です。高1の秋,毎朝の通学途上,私の駅から電車に乗れば,いつもの時間,いつもの車両,いつものドアの近くにいたまだ名前も知らない憧れの少女A子さん。彼女とお近づきになりたい。どう伝えればいいのか,それが大問題でした。もちろんテストよりも。色白で目がぱっちり大きくて,私と目線が合えば気のせいか微笑んでくれたような・・・(妄想?)。制服からわかるA子さんは○○女子高生。恋人いない歴16年の私にとって,彼女に直接声を掛けることなどあってはならないことです。人伝に想いを伝えたくても,1人通学する私に頼める人はなし。詰まるところ,恋文,ラブレターの登場です。何度も進化させてはアンケートにも似たラブレターを完成させて,通学鞄に忍ばせています。当然,乗る駅も降りる駅も違い,彼女の駅は先なので,渡すチャンスは私が降りるときしかありません。どきどきするばかりで意気地なしの私。とうとう渡せぬまま数週間が過ぎます。気がつけば,なぜかA子さんは,いつもの電車のいつもの車両にはいなくなってしまいました・・・。
時は移り高2の夏,B子さんの電話番号を教えてもらったくらいで有頂天になり,どこまでも登りそうな私。今夜こそはと,勇気を振り絞って,はじめてB子さんの自宅に電話します。電話に出たお母さんらしき人を無事クリア。万歳,彼女との直接会話に成功。返ってきた応えは「何の用?・・・」。「・・・・(私)」・・・。その電話は,今では固定電話と呼ばれています。
さらに時は経過して,浪人を経て晴れて合格,法学部生に。アパートで1人暮らしを始め,5月病も乗り越え,やれば何でも出来るんだ。朝のやって来ない夜はない。連戦連敗の私にも必ず春は来るはず。とうとうご褒美に,プラトニックなC子さんとのお付き合いがはじまります。もちろん,固定電話を引く経済的な余裕はありません。こちらからいつも架ける電話は,アパートから徒歩5分の最寄りのたばこ屋さんにあった赤い公衆電話です。当時はまだNTTとはいっていませんでしたが,3分10円(今は1分10円に値上がり)。10円玉をたくさん握りしめて,毎晩のように彼女に一生懸命いろんな話をしました。手をつなぐのに緊張して汗ばむような,そんな男女の交際がありました。出会いは,大学のサークルであったり,図書館であったり,バイト先であったり,はたまた合コンであったりと。通信手段もままならず,時間は確かにゆっくりと流れていました。
善し悪しは別として,あれから時代は大きく変わりました。情報化社会,IT社会の到来,携帯電話の時代です。いまや小学生に至るまで普及しています。私にとっての携帯は,電話とメールによる通信と簡単なカメラ程度にしか利用できていません。こんなに小型なのにインターネットの端末としても幅広く利用できます。若い人たちは,この携帯サイトをネット・サーフィンして使いこなします。サイトは滅茶苦茶多種多様で,もう私には訳がわかりません。でも,子を持つ親として怖いのは,もちろん,いわゆる「出会い系サイト」です。男女がナンパや出会いを求めてやりとりをするサイトのことをいいます。自分さえ望めば,簡単に男女が出会う機会を得ることが出来るのです。
しかし,新聞報道でも明らかになっているとおり,一方で身元や素性を偽って相手方との交信を続け,援助交際,詐欺,恐喝などの犯罪の温床となっていることも事実です。怖いですよね。
そこで,当然ながら法規制があります。ちょっと長いですが,「インターネット異性紹介事業の利用に起因する児童買春その他の犯罪から児童を保護し,もって児童の健全な育成に資する」ことを目的として,インターネット異性紹介事業者に対して,必要な規制等を罰則付で定めているのです。ここにいう児童とは,18歳未満とされ,児童は出会い系サイトを利用できないこととなっているのです。しかし,当然裏技があって,児童でも,うまいこと年齢を詐称すれば利用できるから不思議です。
ところで,自分の子どもたちが出会い系サイトを利用しているなんて,露ほども思わないのが普通の親だと思います。私もその例外ではありません。現実は,果たしてそうなのでしょうか。念のため,少し心配した方がいいのかもしれません。もちろん,学校ではPTAが問題について協議しておられ,いっそ学校,家庭を問わず,携帯利用禁止を言われる方もおられます。
なお,18歳以上の大人にとっては,自己責任の下,自らの判断で出会い系サイトを利用することはもちろん合法なわけです。ただ,業者が金儲けの手段として運用しているわけですから,大人といえど,前記リスクを覚悟すべきであることは言うまでもありません。
さて,作品です。舞台は地元福岡・佐賀・長崎です。なので地理的にとてもわかりやすいです。地名も大学も実名で出てきます。しゃべり言葉も九州弁です。その昔いつかしら,若い女性の全裸死体が発見され,幽霊が出るという噂の三瀬峠がやはり死体遺棄現場で登場です。私の推測では,携帯が普及していなければ(?)起こっていなかったであろうこの事件。どうしてこんなことになってしまったのか,どこからだったらやり直せるのか,一体,誰が悪人だったのかを問う問題作です。
以下,ストーリーです。久留米市出身の保険外交員佳乃は,福岡で会社の寮暮らし。職場仲間は競って彼氏捜しをしている。佳乃には,携帯サイトで知り合った金髪の祐一がいた。はじめて会ったその日に簡単に関係を持ち続いていたが,もちろん仔細は仲間に秘密だ。祐一にせがまれ,乳房の写メ1枚3000円で撮らせる佳乃。そんな彼女に惹かれる一方で,一途な暗い過去を持つ祐一だったが,佳乃にとって,祐一はほんの腰掛けにしか過ぎなかった。佳乃には合コンで知り合い,惹かれていた大学生増尾がいたが,増尾は増尾で,はなから佳乃を見下していた。ある夜,佳乃は祐一と待ち合わせをした場所で偶然にも増尾とも出会う。祐一を無視して増尾の車に乗り込み,その場を去ってしまう佳乃。ところが,翌日,佳乃は死体となって発見されることに。佳乃は,誰にどうして殺されなければならなかったのか・・・。事件の詳細が明らかになるにつれ,引き裂かれることになる佳乃の家族。一方,犯人の周辺へじりじりと捜査の手は伸びて,遂に犯人は逃亡生活へと身を転じる。そんな中,気を紛らそうと,携帯系サイトで今度は店員光代と軽く出会うことになる。刺激のない毎日にうんざりしていた光代もすぐに犯人と関係を持ってしまう。互いの仕事を放置して,短い蜜月生活の中で強く惹かれ合う2人だったが・・・。やがて,自ら起こした事件を告白し,自首しようとする犯人を引き留める光代。逃亡する2人,そんな光代の真意とは?最後に待っている意外な結末とは?
本作品で出会い系サイトを利用するのはいずれも大人ですが,利用することに恥ずかしいとかの躊躇いは何らありません。知らない者同士の男女がこんなにも簡単に出会い,いや,出会うだけならともかく,簡単に男女関係に至ることがあるんだ,いや,こんなことドラマの世界だけで,本当にあり得るんだろうか,まだまだ実際こんなことは,自分が知らないだけで,今の世の中ごくありふれた日常的なことの一部に過ぎないのではないか,と右往左往さぜるを得ないというのが正直な感想でした。ただ,ラストには,その良心に少しだけ救われました。
また,これまで自分が勝手に想い描いていた芥川賞作家の作者が,こんなにも衝撃的かつ赤裸々な小説を書いていること,加えて,いともさらっと描ける作者の凄さに感心せざるを得ませんでした。
本作品は,祐一に妻夫木聡,光代に深津絵里で映画化され,今秋9月に封切られます。役者さんはいずれもスターであり,洗練されているだけに,くれぐれも現実を美化して欲しくない気持ちで一杯です。いわゆる出会い系サイトには大きな闇が潜んでいることが埋もれませんように。
作者は68年長崎市生まれ,法政大卒。97年「最後の息子」で文學界新人賞を受賞して作家デビュー。02年「パレード」で山本周五郎賞,「パーク・ライフ」で芥川賞各受賞。07年本作品で大佛次郎賞,毎日出版文化賞ダブル受賞。本作品は新聞小説であり,朝日新聞朝刊に連載されていました。作者の新境地といわれています(了)。

私の一冊について
福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。