中山栄治「私の一冊」

(番外編)司法修習生はどんな本を読んでいるのか

伊坂幸太郎 「サブマリン」講談社

はじめまして,第69期司法修習生の武です。司法修習生がどのような者かについては,先輩の修習生が担当された「私の一冊」((番外編) 司法修習生は「私の一冊」を読まなかったのか「吉田修一 悪人」 (2010.10.08))において詳細に説明されておりますので,そちらをご覧いただければ幸いです。 それでは,早速本題に入りたいと思います。

皆さんは,家庭裁判所調査官という職業をご存知でしょうか。

家庭裁判所は,夫婦や親族間の争いなどの家庭に関する問題を家事審判や家事調停,人事訴訟などによって解決するほか,非行をした少年について処分を決定します。いずれも法律的な解決を図るだけでなく,事件の背後にある人間関係や環境を考慮した解決が求められます。家庭裁判所調査官は,このような観点から,例えば,離婚,親権者の指定・変更等の紛争当事者や事件送致された少年及びその保護者を調査し,紛争の原因や少年が非行に至った動機,生育歴,生活環境等を調査します(裁判所のホームページより引用)。

私は,家庭裁判所での修習において,調査官が非行をした少年やその保護者と面接をする様子を傍聴させてもらったり,調査官が作成した調査記録を読ませてもらったりする機会がありました。その際の率直な感想としては,調査官ごとに面接のやり方は違っていても,どの調査官の方々も事件及びその関係者と真剣に向き合っているという印象でした。それは仕事だから当たり前では,と思われるかもしれません。しかし,家庭裁判所での事件は,通常の民事事件とは異なり,関係者の感情が全面に出てきます。そのため,事件の背後にある人間関係や環境を調査する調査官の方々は,事件関係者の悩みや文句に近い主張を受け止めたり,生意気に思える少年と根気強く向き合ったりする必要があるのです。

さて,前置きが長くなってしまいましたが,私が紹介する一冊は,伊坂幸太郎さんの「サブマリン」という本です。

本書は,家庭裁判所調査官である武藤さんとその上司である主任調査官の陣内さんの周囲で起こる事件を内容とするものです。物語は、武藤さんと陣内さんが、ある事件を起こした少年棚岡佑真を東京少年鑑別所に護送する車内での会話から始まります。武藤さんは仕事と割り切りながらも真面目に調査を行う調査官らしい調査官というタイプですが、陣内さんは本当に主任調査官なのかと思わせるような言動を繰り返します。少年棚岡の起こした事件は、その概要がニュースで報道されて世間でちょっとした話題になり、世間的にはその少年を許すなという意見が多数派となります。そのような中、当の少年棚岡は、担当調査官である武藤さんの問いかけに対して,なかなか「はい」以外の返答をしません。本書の魅力の一つに,主任調査官らしからぬ陣内さんの言動とそんな陣内さんと武藤さんの軽妙なやりとりがあると思います。武藤さんは,陣内さんの言動に振り回されながらも少年棚岡の起こした事件の真相に近づいていきます。

私が修習で傍聴させてもらった少年事件では,当然,少年院に行きたいと思っている少年は一人もいませんでした。そして,ほとんどの少年が,自分の処分の決定権を握る裁判官の前で緊張した様子で反省の弁を述べていました。しかし,悲しいことに,そのような少年の中にも再び事件を起こしてしまう少年が少なくないという現実があります。私も,今の反省の弁は上辺だけだろうなと感じてしまう場面も多々ありました。このような現状もあってか,陣内さんは「俺たちが何をやっても,駄目なもんは駄目だしな。真面目にやるのも面倒だ」と言います。

それでは,なぜ家庭裁判所調査官として大変な思いをしながらも少年と向き合っていくのか。

本書を通じて,事件を起こした少年の処分を決めることの難しさやそのような少年と向き合っている方々がいるということを感じてみてはいかがでしょうか。

なお,ご存知の方も多いと思いますが,本書は,伊坂幸太郎さんの「チルドレン」という本の続編にあたる作品です。「チルドレン」の続編とはいっても,「チルドレン」を読まずに本書から読んでも十分に楽しめると思います(私も本書を読んだ後に「チルドレン」読みました。)。陣内さんをはじめ,本書の登場人物についてもっと知りたいと思った方は,「チルドレン」も併せて読んでみてください。また,作者である伊坂幸太郎さんについては,本編である弁護士中山の「私の一冊」の(18) J・F・Kといえば?「伊坂幸太郎 ゴールデンスランバー」 (2010.9.13)と(60)  戦隊ヒーローに憧れませんでしたか「阿部和重・伊坂幸太郎合作 キャプテン・サンダーボルト 文藝春秋」 (2015.3.3)において紹介されております。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。