中山栄治「私の一冊」

戦後の台湾をもっと知ってみたい

東山彰良 「流(りゅう)」 講談社

作者の東山さんは福岡県小郡市在住です。東山さんは台湾出身で王貞治さんと同じ「王」というの姓が本名です。5歳まで台北で育ち、9歳で来日して以来、日本在住で、地元西南高校、西南学院大学へと進学して、西南の経済学科の大学院を経て台湾の吉林大学の経済の博士課程に進みますが中退されています。

ご存知かもしれませんか、私も西南出身でして、年齢からすると大学では私のほうが7年くらい先輩のようです。

現在は、福岡の大学で非常勤で中国語を教えているそうです。福岡県警で中国人被疑者のための通訳をされていたという経歴もお持ちです。

小説のジャンルはミステリーそれもハードボイルドときていますが、その実力は、2003年にはじまった第1回「このミステリーがすごい大賞」で「逃亡作法」という作品で銀賞受賞して作家デビューを飾り、20万部を売り上げました。その後2009年には都会で暮らす無法者の若者を描いた「路傍」という作品でハードボイルドの登竜門である大藪春彦賞を受賞しました。

話はちょっと外れますが、彼が西南大の広報誌に新入生に宛てたエッセイがありまして、本当にいいこと言っています。その一部を引用して紹介します。「いよいよわが西南学院大学へ入学と相成るわけですが、この時点で君が宇宙飛行士になる可能性は限りなくゼロに近くなります。君が今この大学にいるのはいろんな可能性を、それこそ無限な可能性を捨ててきた結果だということです。・・・大学を4年間続くパーティとみなすのも悪くないでしょう。酒を飲んで合コンでハジけて授業をさぼる。だけどパーティを選ぶということはほかの可能性を捨てることを意味します。そしてこのパーティはやがて終わります。・・・そんなパーティーの終わり方ほど虚しいものもないでしょう。」とまあ、西南にしか入れなかった新入生に大学生活を楽しむのもいいが将来のことを見据えて改めて頑張ってねという励ましの言葉なのです。

私は西南OBとしてこのエッセイを読んだとき、深く共感してしまいました。どうしてって、今は弁護士をしていて特に不満はありませんが、大学の4年間、私は毎日、同世代の男女の楽しそうなキャンパスライフを横目で見ながら、先行きが見えない将来を思い、大学の図書館で一人寂しく司法試験の勉強をしながら一日を過ごしていて、決してパーティーには参加することはなかったのです。エッセイの全文はもっと長いのですがユーモアにあふれています。

こんなプロフィールの方が書いたのが、今回の作品「流」です。

ミステリーであり、日中戦争、中台戦争の歴史を描いたものであり、自伝的でもあります。主人公として登場する一人称の私はご自分のお父さんをイメージしているそうです。実際かなりの取材をしていることがうかがわれます。

物語の冒頭で、第2次大戦末期に中国大陸本土の山東省青島にある石碑に「匪賊葉尊麟はこの地にて無倖の民56名を惨殺せり・・・最も被害甚大だったのは沙河庄で村長王克強一家は皆殺しの憂き目を見た。」という文字が刻まれているのが紹介されます。この匪賊と断定された葉尊麟とは主人公である私の祖父だったんです。祖父は、終戦後、共産党毛沢東と国民党蒋介石との敵対により、望まずして大陸を追われ台湾へ逃れ、いつの日か本土山東省へ帰郷することを夢見ていたのでした。

この豪傑の祖父が「中華民国建国の父」といわれた蒋介石総統が死去した戒厳令下の1975年に、何者かによって手足を縛られお風呂に沈められて溺死させられるという残忍な方法によって殺害されます。なぜ祖父は殺されたのか、その犯人は誰なのかというミステリーが柱となって、10年もの長い時間が流れます。その時間軸の中で主人公の青春時代がつづられます。進学校にいた私は落ちこぼれ、喧嘩に明け暮れ、恋もし、軍隊に入隊し図太く成長します。軍隊入隊により彼女と離れ離れになり、除隊後には振られてしまい、失意のどん底を経験し、ずっとあとになって、この失恋にはわけがあったことを知ります。実は彼女も私と別れるのが本意ではなかったのです。ではどうして別れなければならなかったのか、これは冬のソナタみたいにビックリです。

いよいよ私は社会に出て、祖父の死の真実を求めて台湾と日本と中国本土との間を転々とします。そして、判明する祖父の死の真実、これはかなりのどんでん返しです。

さて物語の中では、戦時中、敵兵を生き埋めして殺したとか、大きな鍋でぐつぐつ煮たら、肉が骨からずるっとはがれたとかいう気持ち悪いシーンもうありますが、一方で駆け落ちするはずだった女の浮かばれない幽霊が私に助けを求めてきたり、狐火やこっくりさんの話、実家に湧き出た100匹単位のゴキブリ駆除のために、船乗りの叔父さんからもらった日本土産の「ゴキブリホイホイ」がいかに効果を発揮したかとか、とても身近で笑えるなお話も盛りだくさんです。

本作品は2015年度上半期の直木賞受賞作となっています。私の知る限り、福岡在住でかつ西南大出身の直木賞作家は葉室麟さんに次いて二人目です、どうかこれからもいい作品を書いてください(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。