中山栄治「私の一冊」

ハードボイルド読んでみませんか

藤原伊織「ひまわりの祝祭」講談社

私が「趣味は読書です」と言えば、本当は聞きたくなくても行きがかり上「どんなものを読みますか?」と来ます。ふと、回答に戸惑ってしまいます。それは回答者自らの嗜好、知性のレベルを窺われてしまうのではないかと危惧するからです。それでも平気な私は、何でも読みますが、ミステリー、中でもハードボイルドが好きです、とカタカナ責めで答えます。主人公は遠慮なくスーパー・ハードに強くなくてはならず、誰が見ても同情するような理不尽な窮地に追い込まれ、たとえ美人だって脇の重要人物は殺され、こちらの推理を何度か裏切った後に、主人公が最後にどんでん返しで切り抜けます。もちろん、小気味の良い展開で謎解きがなされ、読者をして、なるほどこう来るか、と唸らせることができなければ、読んで損したということになります。ちなみにハードボイルド作家とも評されている村上春樹のベストセラー1Q84BOOK1・2は、ラスト付近まではわくわくしながら読み進めましたが、作者自身ストーリーに収拾がつかなくなってしまったのか、読者である私が読解力に乏しかったのか、読後完全な消化不良になっていました。ところが、時を経て続編BOOK3が出版。謎はだいぶ解けたのですが、まだ読んでおられない方のためにも、たぶん刊行されるBOOK4に期待したいものです。ハードボイルドについて調べてみました。アメリカのダシール・ハメット(1922年デビュー、34年引退)と並んでレイモンド・チャンドラー(33年デビュー、59年没)が黎明期とされています。村上春樹は、最近になってチャンドラーの長編「ロング・グットバイ」、「さよなら愛しい人」の2編を新訳しています。ハリウッド脚本家としての一面を持つチャンドラーが、その作家生活の中で残した長編はわずか7作品しかなく、いずれもご存じ、探偵フィリップ・マーロウが登場します。7冊全部読んでみました。50年以上も前の作品に拘わらず今読んでもなかなかで、オススメです。ただ、翻訳ものは訳者のフィルターによる新たな創作になるため、原文とは味わいが異なっているのではないか、また単純に訳本は読みづらい、と思います。それで、英文を読解できない私には、原文和書がお似合いです。昔は、大藪春彦とか落合信彦、北方謙三、このごろは、藤原伊織、大沢在昌、東直己、樋口明雄、福井晴敏などが良くて、新刊のハードカバーで全部読んでいます。

前置きが長くなりました。本コラム第1号でご紹介するのは、藤原伊織の「ひまわりの祝祭」(四六版426頁)です。あの「テロリストのパラソル」発表後の第一弾です。初版で読んだのは、もう10年以上も前なのでざっと再読してみました。やはり一気に楽しめました。謎の自殺により妻英子を亡くし、そのショックで世を捨て無為徒食生活にあった秋山(40歳)のもとに妻に似た麻里という若い美女が現れる。自殺した英子は妊娠していたことがわかる。英子は美術館の学芸員でファン・ゴッホに深い関心を抱いていた。ところで、史実では、ファン・ゴッホ(1853~90自殺死)の名作「ひまわり」は、ほぼ同じものが全部で12枚画かれています。うち1枚は安田火災が1987年に約58億円でオークションで落札したことで有名ですが、12枚のうち7枚が、彼の芸術的ピークとされた南仏アルルでの2年半の間の作とされています。本作品は、アルルでの8枚目の「ひまわり」が存在し、しかもそれが日本に持ち込まれていたということがベースになっています。秋山は、麻里の登場を機に、時価数十億とされる「ひまわり」の探索・争奪をめぐる欲望と抗争に巻き込まれていく。なぜ英子は自殺したのか?妊娠した子の父親は誰なのか?「ひまわり」は本当にあるのか?その鍵は、秋山と英子との過去の記憶にあるという。ヤクザ、闇の大物、大企業が「ひまわり」の争奪をめぐる攻防を展開する美術ミステリーです。以下本文より抜粋。「数十億?」「ひょっとしたら百億を超えるかもしれない」「見つかった。ようやく私はたどりついた。ひまわり。アルルの8枚目のひまわり。」「もし、それが事実なら世界の美術界が震撼する。伝説が修正される。神話がもう一つ誕生することになる。」

なお、著者は1948年大阪生まれ、73年東大卒。電通に在籍して77年デビュー。85年「ダックスフントのワープ」ですばる文学賞受賞。95年「テロリストのパラソル」で江戸川乱歩賞受賞、翌96年の直木賞の史上初のダブル受賞。相当の酒豪で知られていましたが、残念ながら07年7月食道癌で逝去。享年59歳。

本作品は講談社から文庫化されており、ミステリー、ハードボイルド好きの方にはイチオシの作品です。なお、著者の「ダナエ」「名残り」「シリウスの道」「蚊とんぼ白髭の冒険」もオモシロイ(了)。

弁護士 中山 栄治

私の一冊について

福岡県弁護士会所属 弁護士 中山栄治が、日々の読書感想やゴルフ体験を綴ったコラムです。